第23話 元恋人
「成那さんの元彼さん…、伶斗さんってどんな人だったんですか?」
いつものようにベッドの淵に座り、ベッドとテーブルの間に座った成那さんの旋毛を見ながらそう尋ねる。心臓は成那さんに触れる時以上にバクバクと鳴り響いている。
成那さんの元彼さんがどんな感じだったか、実はずっと気になっていた。成那さんがどんな人と付き合って、どんな思い出を綴っていたのか。でも、知る術は私にはなくて、誰かに聞くしかなかった。
もちろん私だって、直接こんなことを聞く予定はなかった。流石にデリカシーが無さすぎる。本来は、佐野さんから聞き出そうと思っていた。
でも、佐野さんに同じ質問をしたら、
『成那ちゃんに直接聞いてみなー。きっと答えてくれるよ』
あの時の佐野さんの楽しそうな顔といったら。もう。絶対に忘れない。あんな楽しそうな佐野さんの顔、絶対に見れないんだろうな。
「名前は知ってるんですけど、よくよく考えたらあんまりよく知らないなって思って。いや別に答えたくなかったらいいんですけど、なんて言うか、知りたいなぁって…」
早口でそう言い訳すると、成那さんが怪訝な顔をしながらこちらを向いていた。
「……なんでそんなこと知りたいの…?」
やっぱり言いたくないし、聞かせたくないことなのかな。
「…ごめんなさい…」
「や、怒ってわけじゃなくて! なんで急にそんなこと、って思っただけだよ!」
私がしゅんとして謝ると、成那さんは焦ったようにわたわたとし始めた。
「ほんとですか…?」
「うんうん!! 全然!!! ほんと、これっぽっちも怒ってない。なんでそんなこと聞きたいの?」
「純粋に、興味です。どんな人なのかな、って」
改めて聞かれ、真剣な顔をして答えると、成那さんは一度きょとんとした顔をしてから、声をあげて笑い始めた。
「な、なんで笑うんですか…」
「あははははっ! あぁ、ごめんごめん。あまねちゃん、伶斗のこと興味あるの?」
ないです、って言おうと思ったけど、そう聞こえてしまうような言い方をしてしまったから何も言えずに黙ってしまう。
「伶斗さん、には興味はないです。成那さんの元彼さんに興味があるんです。間違えないでください」
強気にそう返すと、成那さんは言葉の綾だね、と言ってまた笑う。
そんなに笑わなくていいのに。何がそんなに面白いんだろう。
私がムッとして成那さんの方を見ると、成那さんは遠慮がちに私を見つめて、小さく口を開いた。
「じゃあさ、私のお願いも1個聞いてくれる? そしたら、教えてあげる」
さっきまで笑ってたのが嘘みたいに、塩らしくなった成那さん。なんだかちょっと可愛くて、愛おしい。
「お願い?」
お願いってなんだろう。
またご飯作って欲しいとか? お菓子持ってきて欲しいとか? それとも、もう一回したいとか…。
想像がつかない。無茶なことだったらどうしよう。そこまでして知りたいわけじゃないけど…。
成那さんが私にお願いなんて、珍しいからついドキドキしてしまう。
「うん。簡単なことだから」
「わかり、ました」
「ありがと」
成那さんは、私の首の後ろに手を回して一度キスをしてから、「ちょっと待ってて」と言って立ち上がり、本棚からアルバムらしきものを持ってきて、開いた。
私はベッドから降りて、成那さんの隣に座る。
「これが伶斗」
成那さんと、整った顔立ちをした男性が写った写真を私に見せてくれる。
鼻筋は高く、すっと通っていて知的な印象。背の高い成那さんと並んでも、5cmくらい高い。服装こそ少し地味なものの、スタイルの良さを引き立たせていた。
「…これが…」
これが、成那さんの元彼さん。伶斗さん。
私がじっくりと写真を観察していると、成那さんが説明してくれる。
「伶斗とは大学のサークルで知り合ったの」
「そうなんですか…。その、どんな人なんですか?」
「うーん…、なんて言うかなぁ。すごく几帳面で綺麗好きな人だよ。あと、結構自分の意見をズバズバ言うタイプ」
几帳面で綺麗好きの人が、生活力皆無の成那さんと付き合ってたのか…。
成那さんを悪く言うわけじゃないけど、なんか、すごく…
「——意外ですね…」
「あははっ。よく言われるー」
「あ、すみません…」
つい、口に出てしまった。
成那さんは伶斗さんのことが、すごく好きなんだから。失礼なことを言ってしまった。
「伶斗がめっちゃアピールしてくれて、私、最初、全然伶斗のこと興味なかったけど、気づいたら好きになってた。それから———」
成那さんはそれからつらつらと思い出を語ってくれたけど、私の頭には全然入ってこなかった。自分で聞いておいてあれだけど、結構くるものがある。胸がぎゅってなって、歯が唇に刺さる。
伶斗さんは、私の知らない成那さんを知ってて、私よりずっと長い間一緒にいて、思い出を作ってきてたんだ。私には、成那さんとの思い出もないし、一緒にいる時間だって決して多いとは言えない。
あーあ、なんでこんなこと聞いちゃったんだろう。
「———…って感じかな」
「そうなんですか。教えてくれて、ありがとうございます」
私はペコリと頭を下げる。
「私のお願い、聞いてくれる?」
成那さんが私の方を見て、少し小さくなってそう言ってくる。
そっか、お願い。
話を聞いてて、すっかり忘れていた。成那さんのお願いってなんだろう。想像がつかないまま、私は小さく頷く。
「…えっと、その、あのね」
成那さんは自分の指と指を絡ませながら、少し躊躇する。
そんなに頼みづらいお願いなのかな…。
「なんですか? 別に、何をお願いしてもちゃんと叶えてあげますよ」
「うん。ありがとう。あのね」
成那さんは一度深呼吸をしてから、口を開いた。
「あまねちゃんの元カノのこと、教えて欲しいの」
心臓が大きく跳ねる。
想像の斜め上すぎて、え、と声が漏れてしまう。きっと私の目はまんまるに広がっていると思う。
「…いや、とか、思い出したくない、とかだったらいいんだけど…」
正直、あんまり思い出したくないし、言いたくないけど、私も成那さんに同じことを聞いてしまったのだから仕方ない。それに、今思い出しても、泣きたくなったりしないはずだから。
私は意を決して口を開く。
「名前は、篠原羽月、って言います。写真は、ありません。別れた時に、全部捨てちゃったので」
あの頃は、写真を見るのも辛かった。捨てたのも、すっごく後悔したけど今となってはそれも消えた。
「中学の同級生で、いろいろあって病んでた時に、助けてくれたのが知り合ったきっかけでした。それで——」
たくさんの思い出を語った。
辛かったこと、嬉しかったこと。羽月ちゃんがどんな人だったか。
成那さんは、少し悲しそうな顔をしながらも、相槌を打ってずっと聞いてくれた。
「こんな感じ、です。ごめんなさい。長くなって」
「ううん。こっちこそ、辛いこと思い出させちゃってごめんね」
「いいえ。大丈夫です」
大丈夫。大丈夫。
だって、今の私には成那さんがいるんだから。
「最後に、もう一個だけいい?」
「どうぞ」
「前にさ、羽月、さん? と私が似てるところがあるって、言ってたじゃない? それって、どんなところが似てたの?」
そんなこと言ったっけ、と思い。記憶を遡る。
ああ、そうだ。言った。文化祭の日に、羽月ちゃんのことを振った日に。
そう言えば、どこが似てたんだっけ。
気づいたら、重なるところじゃなくて、成那さんを見てしまっていたから全然思い出せない。
なんだっけ。なんだっけ。
必死に思考を回して、ひとつ、思い出す。
「…キスの仕方、です。首の後ろに手を回してキスするところが、似てました」
そうは言ったものの、今では、全然そんなの気にならない。
むしろ、成那さんに抱きついてもらったみたいで幸せいっぱいになる。
すると成那さんは、膝を抱えて小さく、
「そっかぁ。キスの仕方かぁ。そっか」
と呟いた。
あなたのそのキスの仕方、好き。
なんて言えれば良かったのに。
羽月ちゃんとなんて重なってませんよ、って言えればいいのに。
でも、言ってしまったら、私が羽月ちゃんのことを忘れているって思われてしまう。
それは良くない。一緒にいる理由が、ひとつ減ってしまう。
私は小さく、「はい」と言うことしかできなかった。
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