禁忌の力を宿す最強の配達屋は、お人好しが過ぎる ~高額依頼の荷物は、世界の命運を握る令嬢でした~
重里
第1話
丘の上に現れた白馬の嘶きが、早朝のトラキア湖に響きわたった。
白馬には鎧姿の騎士が跨り、その前には長髪の女性を抱えていた。
その女性は力なくぐったりと、馬の背に体を預けていた。
騎士は俺たちを視認した瞬間、勢いよく坂を下り始めた。
馬が地面を蹴るたび、さらに速度を上げていく。
もはや制御できているとは思えない。いつ転倒してもおかしくないほどの猛スピードだ。
少し遅れて、同じ丘の上に二頭の黒馬が姿を現した。
乗り手は一目でわかるほどの重装騎士。
白馬を見つけると、こちらも一気に坂を駆け下りた。
「……あの白馬が荷物を持ってきたんじゃないだろうな」
俺と助手のルルは、依頼主ビゲルさんからの指示で、荷物を受け取りに来ただけだ。
それなのに、現れたのは白馬とそれを追う重装騎士――。
嫌な予感しかしない。
皮肉まじりに呟く俺に、ルルが渋い顔で答える。
「違うと願いたいですけど……。でも、まっすぐこっちに向かってきますね」
「……だな。どう見ても依頼と無関係とは思えないよな」
5,000万ギリルという高額報酬に飛びついたが、やはりこの依頼は「ただの配達」では済まなそうだ。
こちらに向かってくる騎士たちが、その事実を物語っていた。
騎士と女性が跨る白馬は減速する素振りがまるで無かった。
そのままの猛烈な勢いでこちらに突っ込んでくる。
「……嘘だろ」
明らかに俺たちの前で止まれるような速度ではない。
これだけでもただならぬ様子だが、さらにおかしいことに気づいた。
馬を駆っている騎士の体がぐらぐらと揺れていたのだ。
しまいには態勢を崩し、どさっ、と大きな音を立てて落馬してしまった。
「……おいおいおいっ! どうなってんだよ!」
白馬は女性だけを乗せ、こちらへまっすぐ突っ込んでくる。
彼女は馬の背に抱きつくようにもたれかかっており、かろうじて落馬を免れていた。
正面衝突を避けるべく、俺は脇に避けつつ、指示を出す。
「ルルは馬の上の女性を! 頼めるか!」
「もちろん! マスター!」
ルルはキリッとした声で返事をする。
横を通り過ぎる白馬の鞍を掴み、ひらりと飛び乗った。
流石は猫耳の獣人族。身のこなしが軽い。
馬車で俺と共に旅をしていたことがあるから、馬の扱いにも慣れている。
女性はルルに任せることにして、俺は落馬した騎士に走り寄った。
「大丈夫か!?」
落馬だけでも相当にダメージがあるはずだ。
膝をつき彼を優しく抱き起こす。
背中には鎧を貫通するほどの大きな刺し傷があり、血が溢れ出していた。
「……あ、あんたがビゲルから依頼された男か」
騎士はそう言ったあと、ごふっ! と口から血を吐きだした。
やはりこの騎士が依頼の荷物を持ってきたのだ。
「少しだけ待ってろ!」
ビゲルさんからの依頼は王都カザインまで荷物を届けること。
それなりの長旅だ。医薬品は馬車に積んである。
それを取って来ようとしたが、騎士はルルに支えられた女性に視線を向けると、かすかに安堵の表情を浮かべ、俺の手を掴んだ。
「……お、俺のことはいい。た、たしかに届けたぞ……」
そう言って、先程よりも大量の吐血をした。
出血はさらに増している。
「……っ」
傷が深い。残念だが馬車に積んである医薬品ではこの傷を治療するのは無理だ。
高位の回復魔法でも助かる見込みは低いだろう。
騎士も死を覚悟しているらしく、最後の願いとばかりに強い視線で俺を見つめてくる。
だとしたら――。
俺が出来ることは、彼の意思を汲んでやることだ。
「荷物ってのは一緒に馬に乗っていた女性のことか? 彼女を王都に連れて行けばいいんだな?」
「そ、そう……だ…………ごふっ! ごふっ!」
俺の問いに答えようとして、また血を吐き出した。
辺りの地面が彼の血で染まっていく。
彼の体が痙攣し始めた。呼吸は浅く、肌が青ざめていく。
「…………た……たの……んだ……ぞ……」
最後の力を振り絞るように言うと、体から力が抜けた。ずしりとした重さを腕に感じた。
息絶えた騎士の体をゆっくりと地面に下ろし、目を閉じて祈りを捧げる。
ルルが女性を馬に乗せ、こちらにやってきた。
力尽きた騎士に悲しい顔を向ける彼女に聞く。
「……ルル。女性は?」
「外傷はありません。強い衝撃を受けたのか、気を失っているみたいです」
「やはり依頼の荷物ってのはその女性のことらしい」
「……そうですか」
「いったん、馬から下ろそう」
「……はい」
ルルと協力し、出来るだけ柔らかそうな芝を選んで、女性を馬から下ろす。
ビゲルさんは彼女を『荷物』と表現したが、長い金髪に整った顔立ち。
服装からも身なりの良さが伺える。
ただの庶民というわけではなさそうだ。
――そう考えていた時だ。
黒馬が勢いよく俺達の前にやってきて、円を描くように周囲を駆けた。
そして前足を上げ、ヒヒンと大きく嘶き、急停止する。
白馬を追いかけていたうちの一頭だ。
跨る騎士は、装飾のない実戦向きのプレートアーマーを頭から足の先まで着込んでいた。
「その女を渡せ。俺達が連れ帰る」
開口一番、命令口調で言ったのだった。
俺はルルと女性をかばうように、一歩前に踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます