困っている人を見捨てられないお人好し配達屋、実は悪魔の力を封印した最強の戦士だった。~追われていた領主の令嬢を拾ったら、いつの間にか国を揺るがす戦いに巻き込まれていた件~
重里
第1話 不穏な兆し
老紳士は、自らをビゲルと名乗った。
トラキア領主であるイザーク様に仕える執事だと身分を明かした。
それが本当かどうかはわからないが、確かに庶民というより、貴族のそれに近かった。
そのビゲルさんから配達の依頼を受け、一週間が経った。
いま俺は首都トラキアから馬車で三時間ほど離れた、トラキア湖の畔に立っている。
時刻は早朝の六時。
ここは芝の丘に囲まれた、盆地のような場所。
小高い丘に囲まれているため視界は広くはないが、朝日を受けた湖面は、美しく光を返していた。
ただし、その美しさを堪能する余裕は今の俺にはない。
この場所、この時間に、依頼の荷物を受け取ることになっていた。
「ふあぁ……ぁ。ねむいですぅ……」
助手のルルが隣で大きなあくびをした。
「……ねぇ、マスター」
手で口を押さえながら、ついでのように問いかけてくる。
「なんだ?」
「ビゲルさんが荷物の引き渡しに来るんですかね」
「さあな……。誰が持ってくるかよりも、何なのかってことが気になるな」
「……ですねぇ。うちの馬車に乗る大きさなんですかねぇ」
ルルは桟橋前に停めてある馬車へ視線を向け、またあくびをした。
豪華とは言えないが、俺の唯一の財産だ。
「持とうと思えば片手で持てるくらいって言ってたし、大丈夫だろ」
「確かに言ってましたけど……。変な物じゃないといいのですけど」
その声には、いつもの元気はなかった。
だが、
「旅の資金もたっぷりくれたし、当面の食費も出してくれた。おかげでこの一週間、腹いっぱい食えてる。どんな荷物だろうが、もう後には引けないだろ」
今回の依頼についてビゲルさんと話をしている時、ルルの腹がぐぅぅ!と盛大に鳴った。
顔を真っ赤にしたルルに、ビゲルさんはまるで孫を見るような優しい笑みを浮かべ、財布を取り出した。「これは準備金です」と食費を出してくれたのだ。
「ですよね……。久しぶりのお肉、とっても美味しかったです……」
少し恥ずかしそうにルルは言う。
それでも、不明瞭なことが多い依頼に、彼女の顔には心配そうな色が浮かんでいる。
「心配すんな。これでも俺、魔王を討伐した勇者パーティーの荷物持ちだぜ」
彼女を安心させるべく、俺は口角を上げる。
腕を曲げて力こぶを作ってみせた。
「知ってます。お人好し過ぎて、すぐに騙されちゃうところもね」
ルルはふふっと笑ってくれた。
敢えて意地の悪い目で、茶化してきた。
――ビゲルさんからの依頼はいたって単純だった。
俺が昔住んでいた王都カザイン。
その王城に住む国王アウグストスへ「とある荷物」を届けること。それだけだ。
王都カザインは王領ビザンツの首都。
俺たちの住むイザーク公爵領トラキアの西に隣接している。
通行許可証はあるし、馬車なら一か月半ほどの旅。
旅慣れた俺にとっては造作もない仕事に思えた。
しかし、肝心の配達物についてだけは、一切明かしてくれなかったのだ。
だから俺は、あの時、ビゲルさんに遠回しに訪ねた――。
「報酬額から考えると簡単すぎる。つまり、危険が伴うということですか」
この仕事内容で5,000万ギリル払うというのだ。
城下町の一等地に家が建つほどの大金。いくらなんでも高すぎる。
なにか裏がある、と考えるほうがむしろ普通だ。
「どうですかな。何事もなければ、きっとあなたにとっては楽な仕事でしょう」
ビゲルさんは遠くに視線を向け、本当にわからないと言った風に答えた。
「何事もなければ……ですか」
「はい。申し訳ありませんが、今はそれしか言えません」
はぐらかしているわけではない。
本当にそう思っているといった、まっすぐな目を向けてきた。
「では、もう一つ確認させてください」
「どうぞ、答えられることなら。なんでも」
「なぜうちに依頼を? この街には大手の運送ギルドがある。普通に考えればそちらに依頼するのでは?」
その質問が来ることを予想していたのか、ビゲルさんは品よく笑った。
「少々込み入った事情がありましてね。そちらには依頼しにくいのです」
「事情……? それを教えてもらうことはできませんか」
「少なくとも、あなたの力を信頼してのご依頼ということです」
やはり明確には答えてくれない。笑顔を見せるだけだった。
しかしその笑顔の中には、差し迫った決意のような色が見えた気がした。
そして話の最後に奇妙なことを言った。
「個人的な希望に過ぎませんが……出来れば持って帰ってきてください」
配達しろといいながら、持って帰ってきて欲しいとはどういうことだ。
しかもその荷物を持っていれば、国王アウグストスとの謁見も可能だと言った。
――それが何を意味するのか、その時の俺には意味がわからなかった。
「マスター! 爪音ですっ!」
突如、ルルが叫んだ。静かな湖畔に声が響いた。
猫耳をぴんと立てている。
ルルは猫耳の獣人族。音の聞き分けの正確さは、人間とは比べ物にならない。
「爪音? 馬か?」
「はい、たぶん」
ルルは短く返事をする。
周囲を見回しても俺にはまだ何も見えない。
「どっちだ?」
ルルは人差し指で示す。
「あの丘の向こうです。……あ、待ってください……! 速い、速すぎます!」
ルルの顔が緊張に変わる。
俺はマナ――誰もが持つ生命力のようなもの、を薄く広げた。
広範囲に広げることで周囲の気配を大まかに読める。
一般的に言う《索敵》スキルの類だ。
感覚を研ぎ澄ます。
確かにルルの言った通りだった。
その速さから馬と思しき気配を察知した。
「……三頭か」
「はい。一頭が先行。後ろに二頭です」
たしかに、かなりの速度だ。
まるで、後ろの二頭に追われているようだ。
「……あ! 見えました!」
ルルが小高い丘の上を指差す。
そこに現れたのは白馬。
鎧姿の騎士が跨り、その前には長髪の女性を抱えていた。
女性は力なくぐったりと、馬の背に体を預けている。
騎士は俺たちを視認した瞬間、勢いよく坂を下り始めた。
馬が地面を蹴るたび、さらに速度を上げていく。
もはや制御できているとは思えない猛スピードだ。
少し遅れて、同じ丘の上に二頭の黒馬が姿を見せた。
乗り手はひと目でわかるほどの重装騎士。
彼らは一瞬視線を巡らせた。
全力で駆け下りている白馬を視認した瞬間、こちらも一気に坂を下り始めた。
嫌な予感しかしない。
「……あの白馬が荷物を持ってきたんじゃないだろうな」
そうでないことを願いつつ、俺は呟く。
ルルも俺と同じ思いなのか、渋い顔でうなずく。
「違うと願いたいですけど……。でも脇目も振らず、まっすぐにこっちに向かってきますね」
「……だな。どう見ても依頼と無関係とは思えないな」
5,000万ギリルという高額報酬に飛びついたが、やはりこの依頼が「ただの配達」で終わるはずがない。
こちらに向かってくる騎士たちが、その事実を物語っていた。
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