第28話 人形師行方不明事件Ⅱ
ティベリオがセシルの屋敷に到着する少し前。
セシルは愛用のソファに腰を下ろし、地図を広げていた。
今までの目撃情報などを整理して、自分なりに父であるラッジの行方を探っていたのだ。
「おや、随分熱心ですね」
「…っ!?」
自分以外誰もいないはずなのに、気配もなく正面から声をかけられたことに驚く。
反射的に顔をあげると、そこには髪の色と服装以外が自分に瓜二つの青年が立っていた。
「君は、一体……」
思わず声を詰まらせるセシルに、青年はにこりと微笑んで見せる。
「はじめまして。私はノクシル、あなたの弟です」
「……は?」
言葉の意味を飲み込めず、警戒心を露わにするセシル。
その反応を楽しむように、ノクシルと名乗った青年は左手で自分の右手首を掴み――
かこん。
まるでおもちゃの部品のように、簡単に外して見せた。
「ご覧の通り、私も人形なんです。人形師ラッジ――いえ、お父様に作られた生きた人形。兄さん、あなたと同じ存在ですよ」
「僕と……同じ?いや、それよりも父さんに作られたって……父さんは何処に!?」
激しく問いかけるセシルに答えず、ノクシルは目を細めじっと見つめると、外した手首をまた装着した。
「それを話すのは今じゃありません。今回はご挨拶に来ただけですから」
「それはどういう──」
「セシル!居るか!?」
再度ノクシルを問い詰めようとした時、荒々しい足音とともにティベリオが部屋に駆け込んできた。
そしてノクシルの姿を見て目を見開く。
「……おや、客人ですか。目的は果たせたので良しとしましょう。では兄さん、また会いましょう」
そういってノクシルはティベリオの脇をすり抜け部屋を出ていった。
「待っ…!」
追いかけようと部屋を出た時にはもう人影すら残っていなかった。
「なんだアイツ……」
「僕と同じ人形らしい。父さんに作られた、僕の弟だって」
セシルの言葉に、ティベリオが大きく眉をひそめる。
「はあ!?一体どういうことだ?」
「僕だって詳しくは分からない。でも、あいつが人形なのは間違いないと思う。手首外してたし」
セシルの真剣な顔を見て、ティベリオは深く息を吐いた。
「……お前の話も気になるが、俺からも話がある」
二人は一度ソファに腰かけ、向かい合う。
座るなりティベリオは先程の出来事を口にした。
「さっき、街でラッジにそっくりな男を見かけた。慌てて追いかけて話したら、そいつはラッジの兄だと名乗った」
「父さんの、兄?」
驚くセシルにティベリオはうなずく。
「セルジ・ドルイゼル――そう名乗った。ドルイゼル公爵家と言えば、かなり有名な高位貴族だ。現当主は血も涙もない冷酷な人間だって噂もある……まさかラッジがその息子だなんて思いもしなかった」
「テディは知らなかったの?父さんとは幼馴染だったんだろ?」
セシルの問いに、ティベリオは小さく首を振る。
「……知らなかった。貴族の出だろうとは思っていたが、本人が話したがらなかったんだ」
一度目を伏せ、そして静かに言葉を続ける。
「俺とラッジが出会ったのは、まだ子供の頃の話だ」
ティベリオは少し遠くを見るように目を細めた。
「ある日、俺の母――当時の伯爵夫人が、街外れの別荘に一組の老夫婦と幼い子供を連れてきた。その別荘がこの屋敷だ。そして、その子供こそがラッジだった」
「……ここは元々、テディの家の別荘だったんだ?」
セシルの呟きにティベリオが頷き、続ける。
「ラッジは俺と同じくらいの年齢でな、最初は母が俺の遊び相手として連れてきたんだろうと思っていた。あいつは最初から妙に大人びていて、大人しいというより穏やかだった。子供なのに大人みたいで、でも時々思い切りがよくて変なところで度胸もあって、不思議と気が合ったんだ」
ティベリオは懐かしむように口元を緩めた。
「手先が器用で、俺の持っていた木剣を真似て木の枝で短剣を作ったこともあったな。気が付けば俺達は一番の親友になってた。大人に言えないようなことも、なんでも話せる仲になったんだ」
だが、とティベリオは苦い笑みを浮かべる。
「……ラッジは家のことだけは、話そうとしなかった。老夫婦はラッジを『坊ちゃん』と呼んでたし、家族じゃないのはすぐにわかった。母に聞いても、はぐらかされてな……何度か問い質してみたが、ラッジは必ず黙り込んで寂しそうに笑うだけだった。そのうち、聞くのをやめたんだ。あいつが話したくないなら、俺が無理に聞くことじゃないってな」
しばしの沈黙の後、ティベリオは真剣な眼差しでセシルを見据える。
「……まさか、ドルイゼル家の息子だったとは思いもしなかった。ラッジが姿を消したのも、公爵家の事情に巻き込まれたせいかもしれない」
「……その可能性はあるね」
セシルは小さくうなずく。
「ラッジがどうして行方をくらませたのか、何に巻き込まれているのか。セルジは明日、全部話すと言っていた。当然お前もくるだろう?」
ティベリオの問いにセシルは迷いない声で答えた。
「もちろん。父さんに何があったのか、どうして帰ってこないのか――僕も知りたいからね」
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