第27話 人形師行方不明事件Ⅰ

昼下がりの街角。

ティベリオは昼食を済ませるため、警察署からレストラン街へと足を向ける。

今日こそは、溜まりに溜まった書類仕事を片付けなければいけない。


先日まで自宅に居候していた姪のノエルも、ようやくティベリオの兄であるディアス伯爵と仲直りできたようだ。

もうすでに伯爵家に帰っていた。今までは姪を家に一人でさせることに不安があり、なるべく早い時間で帰宅していたがもうその必要はない。


(今日は残業だな……)


内心で小さくため息をついたティベリオは不意に足を止めた。

視界の端を横切った人物にドクンと心臓が跳ねあがる。


(……まさか)


短く整えられた茶髪、きりりとした目元。

穏やかで優しげな顔立ち。

それはセシルと今までずっと、探し続けていた人物。


「ラッジ!!」


気が付けばティベリオは駆け出していた。

雑踏をかき分け、呼びかけながら追いすがる。


「ラッジ!おい、待てよ!ラッジ!」


人波を縫い、角を曲がる。ようやく肩を掴み、振り返らせた。


「やっと見つけたぞ……お前、今までどこに――」


言葉が喉に詰まる。

確かにラッジだ。だが、違う。

目の奥に宿るのはかつての幼馴染が持っていた穏やかさではなく、鋭く冷たい光。


「……弟を、知っているのか?」


掴まれた肩をそっと振りほどきながら、男は低く静かにそう言った。


「弟……?ラッジが?」


呆然と呟くティベリオに男は小さく頷く。


「私はセルジ。セルジ・ドルイゼル。ラッジの兄だ」


ドルイゼル――その名にティベリオは思わず息を飲む。

貴族同士の社交に疎いティベリオでも、聞いたことがある有名な公爵家だ。

侯爵家の現当主は厳格で血も涙もない冷血漢だという噂は聞いたことがある。


「……なら、あんたは公爵家の……」

「ここで話す事ではない。どこか、場所を移そう」


セルジの口調は平坦だが、その視線は周囲を警戒しているようだ。彼が本当に高位貴族であるなら人目を気にするのは当然だろう。

ティベリオは短く息を吐いて気持ちを落ち着かせると、親指でくいっと自分の車を止めている駐車場を指した。


「……向こうに車を止めてある。そこで話したい」

「あぁ、構わない」


驚くほどに素直に従い、セルジはティベリオと共に車に乗り込む。

座席に腰を下ろすと、彼はゆっくり口を開いた。


「お前の名前は?」


セルジに問われたティベリオは戸惑いながら答える。


「ティベリオ・ディアスだ……」

「ああ、お前がティベリオか……ディアス伯爵の三男。ラッジから話は聞いている」


雰囲気は全く違うのに、顔はラッジそのものだ。

ティベリオは違和感に居心地の悪さを感じる。


「ラッジに、会ったのか?ラッジは今どこで何を、いや、まず無事なのか?」

「落ち着け」


矢継ぎ早に問いかけるティベリオを、セルジは低い声で制した。


「そのように焦らずとも、私は逃げも隠れもしない。質問にも全て答えてやる。弟のことも教えよう――だが、今は時間がない」

「……どういうことだ?」


眉を寄せたティベリオにセルジはポケットから取り出した懐中時計で時間を確認する。


「これから公爵家で重大な会議がある。ラッジのことを語るには時間がかかるだろうから、きっと会議に間に合わなくなるだろう明日なら時間を作れる、詳しい話はその時に。今日と同じ時間にここで待っていろ」


それだけ言い残すと、セルジはドアを開けて車を降りた。


「あ、おいっ!」


ティベリオが慌てて声を上げた時には、もう彼の背は雑踏に紛れ、影のように消えていた。


暫く呆然としていたティベリオだったが、すぐに車をセシルの屋敷へと走らせた。

ラッジの兄を名乗ったセルジは、今ラッジがどこにいて何をしていたのか知っているに違いない。

それなら自分だけでなくセシルも聞くべきだ。


車を飛ばし、数十分でセシルの屋敷に着いたティベリオは、玄関の扉を乱暴に開け放ち中へ駆け込む。


「セシル!いるか!?」


声をあげて、セシルの寝床代わりになっている本棚の部屋へ直行する。

普段から半開きのままのドアを勢いよく開けた瞬間、ティベリオは目を見開いた。


険しい表情のセシルの前に、もう一人青年が立っていたのだ。

その青年は、まるで鏡に映したかのようにセシルによく似ていた。

ただ一つ違っているのは髪の色。セシルが銀色であるのに対し、青年は漆黒だった。

さらに彼は燕尾服を身に纏っており、どこかの家の執事のようだ。


「……おや、客人ですか。目的は果たせたので良しとしましょう。では"兄さん"、また会いましょう」


セシルと全く同じ声でそう告げると、青年はティベリオの脇をすり抜け部屋を出ていく。


「待っ…!」


セシルが追いかけて廊下に飛び出した時には、もうその姿はどこにもなかった。




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