第2話 城の地下で遭遇する影
その日の夜、王城は静まり返っていた。
昼間の喧騒が嘘のように消え失せ、廊下には月明かりが細く差し込むだけ。
レオンは足音を忍ばせながら、ゆっくりと奥へ奥へと歩いていた。
――目的はない。
ただ、胸の奥に鬱屈した感情が渦巻いていた。
(……また笑われた。今日も、何もできなかった。
兄上たちのように強くなりたいって、何度願っても叶わない……)
剣を握れば転び、魔法を唱えれば爆発する。
失敗と嘲笑の繰り返し。
そんな自分に嫌気が差して、寝所へ戻る気にもなれなかった。
「……せめて、何か……俺にしかできないことがあれば」
ふと、視線の先に見慣れない通路が続いていることに気づく。
王城の北翼、普段は侍女や衛兵すら近寄らない一角で、地下に繋がる通路だ。
半ば無意識のうちに、レオンはそちらへ足を向けていた。
通路を進むたびに、空気が変わっていくのを肌で感じた。
ひんやりと冷たく、どこか重苦しい。
松明の灯りは少なく、石造りの壁に刻まれた古い紋章が時折ちらりと浮かび上がる。
「ここ……来ちゃいけない場所、だよな……」
ここは、立入禁止の場所。
幼い頃から「決して近づくな」と言われ続けてきた。
だが、その理由を聞かされたことは一度もない。
それが逆にレオンの好奇心を刺激した。
「……ちょっとだけ、見るだけなら……」
呟きながら、彼は大きな鉄製の扉の前に立った。
重厚な鋼鉄には、見たこともない古代文字がびっしりと刻まれている。
中央には、赤い宝石が埋め込まれ、脈打つように淡く光っていた。
「すごい……なんだこれ……」
扉の向こうから、かすかな風が吹きつけてくる。
生暖かい風だ。
それと一緒に、どこか懐かしい匂いがした。
焚きしめられた香木の香り、けれども微かに鉄錆の匂いも混じっている。
レオンは手を伸ばした。
指先が赤い宝石に触れた瞬間――
――ゴウン……!
低く重たい音が、地下全体に響き渡った。
扉の紋章が淡く青白く輝き、複雑な模様が一つずつ浮かび上がっていく。
「うわっ……な、なにこれ!?」
慌てて手を引っ込めたが、もう遅かった。
扉はゆっくりと、勝手に開き始めていた。
重い石と鉄の摩擦音が、不気味なほど長く続く。
やがて現れたのは、黒い靄が漂う広大な空間だった。
「……なんか、ここ、やばいな……」
心とは裏腹に、レオンは、まるで誰かに操られているかのように脚が進む。
脳裏のどこかで「やめろ」と警鐘が鳴っているのに、身体は抗えない。
その瞬間――
ゴゴゴゴゴゴォォォンッ!!
大地が揺れた。
空気が唸りを上げ、天井から砂埃がぱらぱらと降り注ぐ。
レオンは慌てて後ずさるが、足元が震えて立っていられない。
「な、な、な、なんだよこれっ!? 地震か!?」
しかし次の瞬間、ただの地震ではないことを悟る。
辺りいっぺん、血のように濃い赤光を放ち始めたのだ。
渦を巻く魔力が空間を歪ませ、耳元で低い唸り声が木霊する。
ボウッ……!
巨大な魔法陣に、赤黒い炎のような魔力の渦が生じた。
その中心部から、聞いたことのない低い声が響き渡る。
『……久しいな……この匂い……』
「ひ、ひぃっ!? 誰だ!? どこから声が!?」
レオンは周囲を見回すが、誰もいない。
だが声は確かに、魔法陣の中から響いている。
『……我を解放せしは……誰だ』
冷たい空気が一気に張り詰めた。
レオンの背筋を、氷の刃で撫でられたような悪寒が駆け上がる。
「お、俺じゃない! ちょっと触っただけだ! 悪気はなかったんだ、マジで!!」
言い訳を叫ぶが、声の主はさらに強く震え出す。
レオンの声など聞いていないかのように、赤光が眩さを増し――
パキィィィィィィン!!
耳をつんざく破裂音。
巨大な魔法陣はひび割れ、粉々に砕け散った。
次いで、奥にあった巨大な石棺がゆっくりと動き出す。
「ま、まさか……棺の中に……!?」
重々しい軋み音とともに、石蓋が押し上げられる。
その隙間から、赤黒い瘴気のようなものが噴き出し、レオンは思わず顔を覆った。
――ズシンッ……ズシンッ……!
何かが動く。
地響きのような足音が、地下室全体を震わせる。
やがて、石棺の中から、それは現れた。
紅蓮の鱗に覆われた、全長十メートルを超える巨大な影。
竜――だった。
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