カカシ男

ゆったり虚無

カカシ男

 男が目を覚ますと、見知らぬ田畑が眼前に広がっていた。

田畑の奥には山々が連なっており、秋が緑を紅く染め上げていた。

男はその光景を見つめていた。

いや、見つめるしかなかった。

体が動かない。

手足は固定され、首も回らない。

男はただただ立っていた。

眼前に広がる山々に沈んでゆく夕日。

時刻は午後の6時くらいだろう。

男は見慣れない光景、思い当たらない状況を飲み込みながら、静かに考えた。

あまりにも非現実的であり荒唐無稽な状況。

夢を見ているのだと男は考えた。

これは夢だ。

しかし、目を突き刺す夕日が、身を突き刺すような秋風が、ほのかに香る木々の香りが、男に夢では無いのだと告げていた。

とすると、これはなんだ。

五感は研ぎ澄まされているが、手足が動かない。

首も腰も膝も。

関節という関節が1本の棒となっている。

こんな異常な事態。

そんな異常な事態を体験しながら、男は冷静だった。

非現実的だから、荒唐無稽だから、男は冷静だった、訳ではない。

彼は望んでいたのだ。

日々変わらぬ生活。

ネットニュースにスキャンダル。

テレビにスマホに本に。

彼は飽きていたのだ。

その乾ききった精神に、干からびた生活に。

水が湧き出したのだ。

恵みの水、雨、オアシス。

なんと形容しても足りない。

それほど男は渇望していた。

たとえこの先ずっと立ったままだとしても。

彼は飽きずにいるだろう。

日々変わりゆく季節。

季節にともない変化する温度。

晴れ渡る空に、カーテンのような雲。

時には雨が降り、冬には頭に雪が積もる。

朝には背に陽光を受け、夕には真っ赤な光を見る。

徐々に沈みゆく太陽。

それに伴い、上がりゆく月と星々。

彼はこの先、体験するだろう。

最も身近な変化を。

さりとて以前は感じることもなかった変化を。


その田畑には無数の案山子が立っていた。

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カカシ男 ゆったり虚無 @KYOMU299

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