異世界サンタ・リム〜ニートだった俺がサンタに拾われて、世界の運命を操ることになりました〜

Candy@Lewy.c0m

プロローグ

 どうしてこうなった?


 そんな言葉ばかりが鏑木かぶらぎの脳内を反芻し、麻痺させる。

 そうして命令系統が機能しなくなった彼の体は、刻一刻と破滅へ向かっていた。


「く、来るな! こっちに来るなッ!!」


 夜空の下、轟々と吹き荒れる寒風の音にかき消されないよう、鏑木は声を張り上げる。

 都会の中にひっそりと佇む、古びた十五階建てのマンション──その屋上の端へ追い詰められた鏑木の背後には無量の空中が広がり、地上のパトカーのサイレンが風に乗って彼の耳へ届いた。

 

 そして鏑木の前方には、さぞかし真っ当に生きてきたであろう公僕──警察が五人程、鏑木と対峙していた。


 夢にも見なかった絶望的な状況に冷や汗を流し、眉をひそめる鏑木。

 警察の手には拳銃が握られている。──が、その銃口は真下へ向けられ、待機姿勢をとっていた。

 ……彼らの武装行為は正当だ。

 なにせ、警察と対峙している鏑木もサバイバルナイフで武装しており──更には人質まで取っているのだから。


「も、もう観念しろよ。こんな事をしたって、何にもならないだろう……うぅっ」


 鏑木の左腕によってガッチリと首をロックされているスーツ姿の男が、そんな風に呻いた。


(──黙れ。その程度のことは、お前みたいなクズに言われなくても分かってんだよ)


 鏑木は脳内で舌打ちをしつつ、右手に握っていたナイフの刃先を男の首にあてがって脅し、無理やりスーツ男の口を閉じさせた。


「お願いやめてっ! 彼を殺さないで!」


 警察の後ろから、若い女が半狂乱気味に叫んだ。彼女はスーツ男の交際相手である。

 ……かなり美人だ。


(良いなぁ、コイツは。俺の人生を滅茶苦茶にしておきながら、自分はぬくぬくと幸せに生きてやがる。……ふざけるな)


 鏑木がそんな事を考えているうちに、彼の中の「どうしてこうなった」は、段々と憎悪に置き換わっていった。


「おい! 車を用意しろ! さ、さもなくば──コイツと一緒に、ここから飛び降りるッ!」


 鏑木が警察に向かってそう言うと、五人の警察のうち一人が、無線を使って仲間に指示を飛ばし始めた。

 警察に対し、すまないな、と内心で謝罪する鏑木。──だが、スーツ男の為に死んでやるつもりなど彼には毛頭無く、クズを殺した程度で牢屋にぶち込まれたくはないとも思っていた。

 とりあえずこの場を逃げ延びて、それからコイツを痛めつけてから殺して、その後は、まぁ、その時考えよう。──そんな行き当たりばったりな思考回路に陥っているのが、鏑木の現在の心理である。

 以前にスーツ男から与えられた屈辱を百倍にして返してやりたいという、その一心に染まっているのだ。


 それから警察と鏑木との膠着状態は、十五分くらい続いただろうか。その間、何度も警察から説得を試みられたが、鏑木は彼らの話には最後まで耳を貸さなかった。

 そしてついに車の用意ができたらしく、五人の警官は、おずおずと屋上出入り口への道を開けたのである。


「……よ、よし。行くぞ。殺されたくなければ大人しく歩け」


 鏑木は男の耳元で囁いてから、ゆっくりと歩みを進める。

 その最中──スーツ男の視線は、交際相手の女へ向けられていた。

 女は、警察になだめられながら、わんわんと泣きじゃくっている。

 鏑木はその光景を見たあとに、若干目線を落とす。どうやら、僅かばかりの罪悪感が芽生えたらしい。

 しかしそれは、スーツ男の顔を一度見れば簡単に消し飛ぶ程度の感情だった。


(……俺は後悔なんかしない。だって全ては、この男が悪いのだ。コイツが学生の頃に、俺を不登校になるまでイジメまくったせいで今がある。つまり、女を間接的に泣かせているのはこの男だ。……俺は悪くない。悪い訳が無い)


 六年前のイジメ。

 それは、鏑木が高校二年生だった頃に起きた──あまりにも残酷なほどに、よくある話だ。

 自分をイジメた相手を殺してやりたいと、そう思う人間は数多く存在するだろうが、実際に行動を起こした人間などは極僅かだろう。

 なぜなら、殺人を犯せば社会的に死ぬからだ。イジメなどという卑劣な行為を行うクズの為に、そこまでして復讐を果たそうとするなど、馬鹿げている。

 狂気だ。──そして、鏑木は狂人と化していた。


 しかし、そんな鏑木の狂気は、男がたった一言呟いただけであっさりと灰燼に帰したのである。


「…………紗奈さな


 スーツ男は、確かに女の方を見ながらそう呟いたのである。恐らくそれが、女の名前なのだろう。

 そして──奇しくもその名は、鏑木の初恋相手の名前と完全に一致していた。

 紗奈。

 鏑木がいじめられていた頃、唯一彼に優しくしてくれていた女の子。

 鏑木に告白する勇気が出ず、結局片思いに終わった恋である。


「あ……あぁ……」


 鏑木は女の顔を見て、思わずたじろいでしまった。

 彼女の顔は、涙のせいで腫れぼったくなってしまっているけれど、確かに昔の面影を残していたのだ。

 昔の片思い相手が、確かに、今ここにいる。


(……なんだよ。そんなのって、アリかよ)


 そんな風に放心状態になった鏑木の隙を、スーツ男は見逃さなかった。


「おらあああああああッ!!」


 スーツ男が突然雄叫びを上げたかと思えば、彼は緩まった鏑木の拘束から逃れ、力任せに俺を突き飛ばしたのである。


 ──そうして鏑木は、マンションの屋上から落下した。


 鏑木の視界が、上下左右にぐるぐると回転する。

 その頃の彼の内心と言えば、先程とはまるで真逆になっていた。


(……俺が悪いのか)


 この世で一番泣かせたくなかった筈の女の子を、泣かせてしまった。

 どうすればよかったのだろうと、鏑木は思う。

 自身の身の丈をもっと早い段階でしっかりと受け止めて、それ相応の生き方をしていれば良かったのかもしれない。

 粋がったことをせずに、流されていくだけの人生を歩んでいれば、こんな絶望を味わうことも無かったのかもしれない。


(あぁ、チクショウ。まじで悔しい。もっと上手に、生きたかったなぁ……)




 そうして落ちていく鏑木の体を──空飛ぶソリがキャッチした。

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