第2話 あなたは息子に介護させようってんですか!? 息子は藤澤家の長男。男なんですよ!
ミサトは、お手伝いに派遣された先で、見ず知らずの青年に掃除を手伝ってもらうこととなった。
冗談のつもりだった。
まさか、ほんとうに掃除を手伝ってくれるなんて。
しかも、この「死神」を自称する青年、掃除がなかなか上手い。
箒で掃かせても、付近で窓の桟を拭かせてみても、手際が良い。
廊下の雑巾掛けなんかは、ミサトより上手なくらいだった。
男は雑巾をバケツで絞りながら、上機嫌だった。
「あの娘夫婦がいない今ならば、実体化しても問題ないからね」
実体化すると、物理的な存在となるから、物にも触れられるし、他人からも普通に見えるようになるらしい。
箒も握れる。
男に掃除をしてもらったおかげで、ミサトは、大奥様用の食事をつくることができた。
焼き魚と筑前煮である。
においに釣られたかのように、自称死神くんが台所に顔を出してきた。
掃除は終わったらしい。
私は鍋に目を向けたまま、問いかけた。
「あなた、死神だって言ってたわね?」
「そうだけど」
「あなたが来たら、人は死ぬの?」
「そうだね。死期が近くなった者には、実体化しなくとも、俺が見えるようになる」
「死が間近になった人は、みんなあなたのような死神を見るの?」
「そんなことはない。俺がやって来るのには理由がある」
「その理由が、あの大奥様にもある、というの?」
「そのうち、わかる」
「……」
なんか、チグハグな会話だ。
でも、思いの外、人当たりの良い死神(?)さんで良かった。
そんなことを思っていると、突然、二階から電子音が響いてきた。
スマホが鳴る音だ。
今、この家には、寝たきりの老婆しかいない。
(どうして?)
奥様がなにか言い忘れたとか?
でも、だったら、私のスマホに連絡を入れたらいいのに……。
不安に思いながら、ミサトは階段をあがった。
二階に上がってみたら、なんと、寝たきりの大奥様が電話をしていた。
スマホを枕の下に隠し持っていたのだ。
通話を終えると、大奥様はミサトの方を見て、指を一本立てる。
「娘夫婦には内緒ね」
ミサトは小首をかしげた。
大奥様が誰かと連絡を取ることを、奥様はあれほど嫌っていた。
それなのに、どうしてスマホを持っているのか。
「どうやって、スマホを手に入れたんですか?」
大奥様は照れたように笑う。
「息子がくれたの。私と話がしたいって」
「え……息子さんが、こちらへいらっしゃるんですか?」
「ええ」
依頼主たる奥様は、『誰にも会わせるな、特に弟には』と念を押していた。
でも、介護する相手である大奥様が、実の息子に会う約束を取り付けている。
それなのに、
奥様が弟を忌避するさまを、大奥様も聞いていたはず。
だから、私に気を遣い、「息子に会わせて貰いたい」と懇願してきた。
「
大奥様の年齢から考えたら、「優しい子」などといっても、ご子息の年齢は四、五十代なのだろう。
「この家で同居してるのはお姉ちゃんの方なの。お父さんが、あの
大奥様の旦那様は四年前に亡くなったが、晩年は徘徊するようになり、介護が大変だったという。
だから、娘夫婦との同居に踏み切り、娘にも手伝ってもらった。
そうして、夫をようやく見送ったかと思ったら、今度は自分が階段から落ちて腰を打ち、それ以来、立てなくなった。
どうしても外に出なければならないときは、車椅子で移動する。
が、普段はベッドで半身を起こして読書をしたり、外を眺めたり、TVを見て過ごしている。
「そこの
写真を取るように言われる。
小学生の入学式の写真。
可愛らしい男の子が写っている。
写真を見ながら、ミサトは大奥様と話をした。
「息子さんは、今、なにを……」
「お父さんの勧めで大企業に就職したの。でも、肌が合わなかったみたいで……。だけど、心配なんかしてないわ。あの子はいずれ偉くなる。大器晩成型なのよ」
「はあ……」
「私とお父さんの息子なのよ。きっと立派になる。私にはよくわからないけど、そうねえ、お友達と会社でも興すんじゃないかしら。なんでしたっけ、IT関連とか」
齢四、五十で起業するのは、遅過ぎないかしら?
そうは思うけど、高校出たての私にはよくわからない。
「息子さんは同居しなかったんですか」
「あなたは息子に介護させようってんですか!? 息子は藤澤家の長男。男なんですよ!」
料理や掃除、洗濯なんかをさせるわけにはいかない。
ましてや下の世話などもってのほか、というわけだった。
(まあ、お年寄り世代は、そう思うものよね……)
ミサトは取り急ぎ、一階の台所から食事を運んで来た。
お薬を飲まなければいけない関係上、食事を欠かすわけにはいかない。
時計を見ながら配膳し、大奥様が箸を動かすのを見詰める。
自分の食事はもちろん後回しだ。
大奥様は煮物を口にする間も、ずっと息子さんのことを褒め称えていた。
子供の頃から、いかに優しくて、優秀であったか、と。
そして、箸を止め、ミサトの方に目を向け、いきなり提案してきた。
「そうだ。あなた、息子の嫁にならない?」
ミサトは思わず声を張り上げた。
「わ、私、まだ十九歳ですよ!?」
息子さんが四十代だとしても、ほとんど親子の年齢差だ。
常識的にあり得ない。
でも、大奥様には聞く耳がないようで、上機嫌に言い募る。
「すれていないからいいのよ。それに、こんなにご飯をおいしく作れるし、掃除だって行き届いてる」
とりあえず、話を逸そう。
そう思って、ミサトは問いかける。
「息子さんは、いままでご結婚は……」
「一度したわ。でも、ひどい女でね」
夫たる息子を立てない、仕事もやめようとしない、義母である自分に楯突くーーなどと大奥様は
それから胸を張った。
「とにかく、
「……」
呼び鈴が鳴る。
誰が来たのだろうか?
ミサトはとりあえず玄関に迎えに行った。
インターホンのカメラ映像には、七三に頭を分けた、スーツ姿のメガネ男が映っていた。
細身で神経質そうな雰囲気だ。
「どちらさまで……」
「あのう……母が会いたいと言うので伺ったのですが……失礼ですが、あなた様は?」
「……家事代行サービスとして派遣されて来ました」
「ああ、なるほど。そうですか。ごくろうさまです。ところで、私、上がってもよろしいでしょうか。母に呼ばれたもので……」
見るからに大人しそうな
奥様が、あれほど、大奥様に合わせたがらない理由がわからない。
とはいえ、一応、ミサトは言いつけ通り、職務を果たした。
「奥様から、誰にも大奥様に会わせてはいけない、と言われておりますので……」
「そうですかーーでも、今現在は、
「……」
「決して長居はいたしません。姉の不在時にしか、顔を合わせられないんです。ほんの一、二時間ばかり、顔を合わせて、お茶する程度でいいんです。なんとか、なりませんか」
「……わかりました」
悩んだが、結局、弟さんを招き入れることにした。
大奥様がスマホで連絡を取っている以上、息子さんと会わせない理由を、部外者であるミサトが言い立てることができない。
なにより、想像してたより、弟さんが、よほど線が細く、おとなしそうな姿をしていたので、ちょっと家に入れるぐらい構わないだろう、と思ったからだった。
だが、それが間違いだった。
引き戸を開けて靴を脱ぎ、玄関を上がった途端、中年の息子さんは豹変したのである。
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