サン・セット・ゲイム ジ・アザーサイド
椎名悟
第1話 新世界より
新世界より
私はあの日を生涯忘れることはないだろう。
わずか半日に満たない時間の出来事が、全てを変えた。
午後の光が差し込む事務所。机の上には書類とお弁当、私は小さな鏡に向かって髪を整える。どうにも、うまくきまらずに少しだけテンションが落ちる。
「おはようございます、先輩!」
私はいつも通りの明るい声で挨拶をすると、返事を返してくれた先輩の机には、すでに誰もいなかった。少し寂しさを感じながらも、気を取り直す。
「うわ、やっぱり、あの先輩退所しちゃったんだって」
同じ研修生が、興奮気味に声を上げる。
「えっ、だってあの人、オーディション合格したらしいのに! 急にどうしたんだろうね」
きっとあの先輩の話だ。いつもよく遊びに連れていってくれた、冗談まじりに「結衣は絶対スターになれるよ」って励ましてくれた優しい先輩。あの日以来、LINEも既読スルーのまま、最近は既読すらつかない。
「私も、頑張らないとね!」笑顔で拳を軽く握る。
胸の奥で少しドキドキするのは、今日届いた二次審査の通知のせいだ。
「桜坂さん、ちょっと事務所で話があります」
マネージャーの声に振り向くと、資料を手にした表情は少し真剣だった。深呼吸して、にっこり微笑む。
「はい、どんなお話ですか?」
マネージャーは資料を差し出す。
「オーディションの二次審査の案内だ。指定のビルに直接向かってほしい。場所と時間しか書いてないけど、あとはついてからのお楽しみってとこかな」
資料は本当にシンプルだった。それが、かえって胸をときめかせる。
(初めて受けるオーディションが、厳重に秘密を守られているのね。なんか、それだけ期待されてるってことよね!)
「でも、この服装で平気ですか?」
「結衣ちゃんは、普段通りがいちばん輝くんだから、大丈夫!」
マネージャーがまた、調子のいいことを言う。
(みんなに同じこと言ってるの、バレてないと思ってるのかしら)
先週おろしたてのローファーに同じ黒のニーハイソックス、白黒のギンガムチェックのスカート、桃色のカーディガンに白いブラウス、胸元にはお気に入りのペンダント。
(あっ、今日は普段よくつける白の下着だった)
「結衣、いい、ここぞという時は、黒とか赤のうんと大人っぽい下着にするのよ」
先輩の顔を思い出す。
「そうすると、どうなるんですか?」
「誰に見せるわけでもないんだけど、こう、背中に一本筋が通るかんじがするの。普段より力が出せるような。」
「ふぅん、そんなものなのですね。」
少しだけ、不安になった。
「じゃあ、結衣ちゃん。一緒に行けなくてごめんね。頑張ってきて」
私は満面の笑みで頷いた。
「はい、精一杯頑張ってきます!」
資料を握りしめ、いつも通りの軽やかな足取りで事務所を出る。空は晴れ、通りには学生やサラリーマンが行き交う。何組かカップルともすれ違う。
(ダメダメ、今は夢に向かって一直線。男の子のことなんて気にしてる場合じゃないわ)
軽やかな風に髪が揺れる。
「ああ、今日こそ、次のステージに近づけるかな…」心の中でつぶやきながら、駅に向かって歩き出す。
見上げるビルは、いつもの街並みに溶け込んでいるようで、とても爽やかな風がポニーテールを揺らしていく。明るく、まっすぐに、私は一歩一歩進んでいく――。
――
動き出した結衣の物語。
うまく表現できていたら、嬉しいです。
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