第2話 運命
運命
最寄り駅の改札を抜けると、仕事帰りのサラリーマンたちとすれちがう。両者と手を繋いだ小さな女の子がにこやかに通り過ぎていく。思わず顔が綻ぶ。
駅前のロータリーに続く階段を降りると、真っ先に目に飛び込んできたのは、ビルの上の大きなサイネージ。
新しいコスメのコマーシャルが流れている。
(綺麗な人、私もあんな風になりたい)
そう思った瞬間、画面は「今日のニュース」に変わった。耳の大きなおじさんが、難しい話をしている。今の私には関係ない。
私は目的のビルに向けて、歩き出した。
すれ違う人たちのかわす楽しげな会話も、灯り始めた、色とりどりの街の灯りも、宵の空から降り注ぐ風も、私を強く押してくれている気がした。
黒い猫のトラックに、あやうくぶつかりそうになった。左のビルに気を取られていたせいだ。
来た道を振り返る。視線を元にもどす。
――やっぱりおかしい。
さっき、確認した記憶では、そろそろビルについているはずだった。慌てて地図アプリを立ち上げる。
いけない、曲がるところを間違えてたのかな。
手首に巻いた、時計を確認する。誕生日に両親からもらった、お気に入りのもの。
うん、まだ平気、きっと間に合う。
風はいつのまにか、やんでいた。
踵を返すと、来た時より気持ち早足で歩き出した。
どこかでカラスの声が聞こえた。
目的のビルが見えてきた。やっぱり曲がるところを間違えてたのね。似たような景色ばかりなので、もっとちゃんと確かめておくのだったわ。そう思いつつ、歩みを緩めると、ビルの前には先客。
プロケッズのスニーカー。くたびれているけれど、つま先の形やラインはまだきれいに見える。新品のピカピカよりも、歩き込まれた形が足元をしっかり支えている感じがする。黒いチノパンにネイビーブルーのポロシャツ、腕には少し日焼け。スマホを握り、ビルを見上げている。
――靴って、本当にその人の歩き方が出るのね。つま先からおしゃれが始まるって、こういうことかも。
見知ったその横顔は……
「綾野くん?」
知ってる人にこんなところで。胸の奥がスッと軽くなる気がした。
下の名前は、ゆうすけ。確か友人からそう呼ばれてたはず。「ゆ」から始まるの一緒だって記憶してる。彼もオーディションの参加者なのかな。そんな話一回も聞いたことがなかったので、少し驚いた。
ビクッとして振り返った彼の顔には、驚きと戸惑いの色がみえた。驚かしちゃったかな、軽く手を振りながら彼の元へと近づく。
視線を左下に落としながら
「桜坂さん、どうしてここに?」
オーディションじゃないのかしら、ちょっと首をかしげる。普段はぴったり目が合う訳じゃないけど、みてくれるはずなのに……。
「えっと、私、オーディションの二次審査でここに来るようにって言われたんだけど、綾野くんは? もしかして、綾野くんもオーディションを受けるの?」
「いや、俺は……」今度は右上に視線をなげる。
「ああ、うん……まあ、似たようなもんだよ」
もしかして、みんなにも内緒なのかな。学校でも話題にしない方がいいのかもしれないな。
あんまり詮索するのもよくないわ。
「そっか」とだけ言って微笑んだ。
「一緒にいきましょうよ。実は初めてだから、緊張してたんだ」
そう言いながら、ビルのロビーへと歩みを進める。
ちらと後ろを見ると両手をポケットに入れて、ついてきてる。
ロビーに足を踏み入れると、天井は高く、壁は真っ白で、掲示物もなにもない。静かすぎて、ちょっと肩の力が抜ける。
「意外とシンプルね」心の中でつぶやき、エレベーターに先に乗り込むと、彼は一番奥まで行って壁に寄りかかる。自然私が最上階のボタンを押すハメになった。
(こういうのって、男の人がやるんじゃないのかな)
最上階でドアが開くと、正面には真新しい白いドアが一つだけ。すごくシンプルな感じ、実用重視なのね。
彼は少し後ろで、天井や廊下の奥をチラチラと見ている。エレベーターが階数を刻むわずかな時間で、コンパクトに映る自分を確かめてみる。
(うん、お化粧は乱れてない)
薄くピンクをいれるだけでも、印象はガラッと変わる。
ちょっと意地悪しようかしら?つい、思った。
意を決して振り向き、彼を見つめる。
やっぱり視線を下に向けて、私の胸の辺りを見ながら、靴先に落とす。
(ちょっと恥ずかしいな)
「綾野くん、先に入ってくれないかな……なんか、ちょっと怖い」
わざと言ってみる。ふぅと、一息入れると私を追い越し、ドアノブに手をかけ、そして扉を開いた。
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