第2話 真なる奴隷
沈黙を破ったのはアレイアさんだった。
「奴隷が叶えた願いの代償を背負う代わりに、主は望む奴隷を手に入れることができます。性別、容姿、年齢、性格、記憶や好悪の感情でさえも。それが真なる奴隷。一度応じたのなら、もう拒否はできません」
すべての話を鵜呑みにはできないが、ここが異世界なら信憑性も出てくる。室内は涼しいのに、俺は胸にじっとり汗をかいていた。
「あの……本当になんでも願いが叶うんですか……?」
ああ、やっぱり。美緒はそれでも望むんだな。
「もちろんです」
「人を生き返らせる、とかでもですか?」
拳を握り、意を決したように目を見る美緒に、アレイアさんはこれまでとまったく変わりのない笑顔で応じる。
「もちろんです」
奴隷側の席がざわざわする。本当に人を生き返らせることも可能なら、確かにどんな願いも叶うのかもしれない。
「……俺からも一ついいですか。真なる奴隷についてもう少し教えてください」
俺が手を上げて会話に割り込んでも、アレイアさんはおろか主側の誰一人としていやな顔はしなかった。
「迷宮に潜ると、皆様は一日ごとに主の理想の奴隷へと変貌していきます。その期間は主の希望によって変動します。大体、三年から五年くらいでしょうか。長ければ十年ということもありますが」
「その間に攻略できたとして、途中まで進んでいた、その、変貌とやらはどうなるんですか?」
「なかったことになります。ですので真なる奴隷となる一日前に攻略できれば、元通りの姿で願いを叶え、奴隷から解放されることができます。ただし――」
リスクはあるが、奴隷側に有利だと思っていたら、やっぱりなにかあるらしい。
「迷宮で命を失った場合、一年が経過します」
「命を失う……死ぬってことですよね?」
「はい。その場合は拠点のベッドで翌日の朝を迎えます。迷宮では本当の意味で死ぬことはありませんのでご安心ください」
アレイアさんが小さく「ウフ」と笑う。
「真なる奴隷となる過程で性格を変えられれば、本来の皆様にとっては死と言えなくもないしょうけれど」
「……迷宮には敵がいるんですね?」
「お答えできません。
……というより、わかりません」
「わからない?」
「奴隷迷宮はなにも持ち込めず、なにも持ち出せません」
※
集会所での話が終わり、希望を取っても決まらないので、抽選でそれぞれの主人と奴隷が決まった。俺の主は例の金髪カールおっさんだ。
「今日からここがお前の拠点だ、拓斗。願いを叶えて私に代償を支払わせるか、それとも私の真なる奴隷となるか、実に楽しみだ、ククク」
おっさんはディーク・エレオンと名乗った。やたら豪華な服を着ていると思ったら、ハーミッド王国の先代伯爵だったらしい。
説明によると、ハーミッド王国は迷宮都市がある国だ。王国の北東部に位置するが領地ではない。理由は迷宮を造ったのが神だからで、迷宮を中心とした一帯は神の領地とされ、治外法権になっている。
神の領地だけあって、各世界から人が集まっているのに日本語が通じる。正確にはそれぞれの脳内で自動変換されてるらしい。
そして都市内では病気にならない。従って病院などはなく、建造物は大半が案内されたばかりのホテルのような宿泊施設だ。
ここには俺の他に美緒もいる。彼女の主人はナスベル・アルガー。短めの白髪にベレー帽をかぶった、見た目は紳士なら老人だ。小太りのディークと違ってシュッとしているので、フォーマルなスーツがよく似合う。
俺と美緒は、灰色の長袖シャツに長ズボンという奴隷用の衣服に着替えていた。
いまは食堂で、ディークとナスベルの他にもう一人、レオナルド・バウロンという男がいる。
金髪のオールバックで糸目。ネクタイを締めたワイシャツの上にベストを羽織り、ブラウンのスラックスに革靴をはいている。
「私はディークとナスベルの友人でね。頼まれて君たちに奴隷を貸すことにしたんだ。ミーア、きなさい」
「はい、ご主人様!」
黒のミディアブボブの少女が、元気よく前に出てきた。
※
夕方には俺と美緒は、世話役のミーアとすっかり仲よくなっていた。
奴隷といってもそれとわかる服を着る程度で特に制限もない。頼めば軽食も出してもらえるし、部屋もホテルの個室並だ。
いまは俺の部屋に集まり、三人で話をしている。
「ミーアはお金持ちになって、苦労してるお父さんやお母さん、それにたくさんいる弟と妹にご飯をお腹一杯食べさせてあげたいんです!」
同じ奴隷服の少女は両手をぶんぶん振り回して元気一杯だ。見てるだけで微笑ましく、美緒にも笑顔が増えた。
ミーアはこの惑星の人間だった。
彼女の話では、都市外の文明レベルは地球でいう中世ヨーロッパ程度で、食糧事情があまりよくないようだ。
「そろそろ晩飯にするか?」
「はいです! お二人は食堂へ行ってください!」
「私たちだけなの?」
「ミーナはこれから迷宮です! ようやくお許しを得たので初挑戦です!」
にこにこ笑顔のミーナとは廊下で別れた。美緒が何度も何度も「頑張って」と応援していた。
エレベーターに乗って一階の食堂へ行く。
ディークの家だというこのホテルは五階建てで、俺と美緒の部屋は三階だ。
「好きな席で食事を取るがいい」
上座へ偉そうに座るディーク曰く、水も食料も神が与えてくれるので尽きることはないそうだ。
食事は和食だけでなく中華も洋食もある。地球以外の料理もあるみたいだが、冒険する気にはなれないので俺はカツ丼を。美緒はチキンのサンドイッチとサラダ、スープを頼んだ。
※
旅行気分で初日を過ごした翌日。俺はここが異世界で、奴隷になるという意味を目の当たりにする。
「お二人ともおはようございます」
迷宮へ挑んだはずのミーナが朝の食堂にいた。
俺も美緒も口を開けない。
昨日と同じ笑顔。
同じ声。
同じ服。
なにも変わらない。
変わっていない。
「あ、ご主人様。おはようございます!」
レオナルドが食堂へ姿を現すなり、昨日よりも親密なスキンシップをとるミーナ。
彼女の頭には、昨日はなかった猫耳が生えていた。
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