異世界の迷宮で好きな幼馴染に裏切られたので、仕返しをしたあとで攻略に全力を注ぎます。
桐条 京介
第1章 願いと祝福の迷宮
第1話 唐突な問いかけ
あなたにはどのような犠牲を払ってでも、叶えたい願いがありますか?
はい。
いいえ。
昼休みも終わり、眠気が絶好調な午後のテスト。その一番最後の問題に、俺は思わず目を見張った。
なんだ、これ。
カンニングだと誤解されないように、こっそり周囲を窺う。
高校の同じ制服を着たクラスメートたちが、熱心に問題を解いていた。
今日は期末テスト最終日。これが終わればお待ちかねの夏休みだ。
どこか浮かれた雰囲気も漂う中、一人の女生徒の背中が目に入る。
俺、
モブの俺と大違いの彼女はつい先日、仲のよかった母親を亡くした。
表面上すら取り繕えないほどに憔悴しており、頬は日を追うごとにやつれていた。
彼女の父親によると食事も喉を通ってないらしい。
普段ならともかく、いまの美緒ならどんなにバカげた希望でも縋ろうとする。
俺にはわかる。ずっと想ってきた女性のことだ。
だから迷わず『はい』に〇をした。美緒もそうするはずだ。
……眩暈?
視界が急にグラつき、力が入らなくなる。
耐える暇もなく意識を失い――。
「新たな挑戦者の皆様、迷宮都市へようこそ」
――気が付けば目の前に女性が立っていた。
「わたくしはアレイア・レムリウェルと申します。この迷宮都市で巫女――住民の方々のまとめ役をさせていただいております」
十代半ばにしか見えないアレイアさんは、襟首を立てた白のゆったりとしたローブを着ていた。金の刺繍は身分の高さを表すものだろうか。
突然の出来事についていけず、ぼーっとそんなことを考えていると、アレイアさんがクスクス笑った。
「戸惑うのも無理はありません。順に説明させていただきますので、どうか少しの間、お付き合いください」
丁寧に頭を下げるアレイアさん。腰までの長い髪は輝くような青色で、自分で染めたものには見えない。
痩せ型で身長は一メートル七十五の俺はもちろん、一メートル六十一の美緒よりも低い。一メートル五十あるかどうかだろう。
そうだ。美緒は……。
……いた。
不安そうに周囲を見渡し、俺を見つけると、ほっとしたように表情を緩める。俺と美緒の他にも、様々な髪の色や服装の男女がいるが、クラスメートはいなかった。
「まず最初に、ここは皆様の世界とは異なる世界です」
ざわめく人たちを笑顔で制し、アレイアさんが人差し指をピッと立てる。
「どうして皆様がここにいるのかと言えば、皆様ご自身が望んだからです」
「望んだ?」
誰かが声を上げると、きちんとそちらを見ておっとり微笑むアレイアさん。
「神からの御下問があったはずです。どのような犠牲を払ってでも叶えたい願いがありますか、と」
美緒が息を呑む。
他の面々も思い当たる節があるようだ。
「短い時間で『はい』を選んだ方だけがこの地に招かれます。そして、願いを叶えるために迷宮へ挑むことになります」
アレイアさんは薄目を開け、歌うように言葉を紡ぐ。
「過去、奴隷とされた方がその境遇から脱したいと神に祈りました。それを知ったその方の主は、きちんと契約を結び、衣食住の世話もしっかりしているのにあんまりだと、やはり神に祈りました。神は両者の祈りを聞き届け、この地に迷宮を造りました。奴隷のみが挑むことができ、攻略すれば奴隷から解放され、どんな願いも一つだけ叶う迷宮を」
サファイアのような瞳が俺たち一人一人を見据える。
誰もが気圧され、アレイアさんから目を離せなくなっていた。
「叶えた願いの支払い――代償は主が負います。ただし、攻略できなければ、真の意味で主の奴隷になります」
背筋がゾクリとした。
確証なんてないのに、彼女が嘘を言ってないのが肌でわかった。
「ウフフ、そう緊張なさらないでください。こちらへどうぞ。まずは都市を案内させていただきます」
アレイアさんについて歩く。迷宮都市はオアシスの都という感じだが、別に砂漠に囲まれてたりはしない。緑は豊かで、日本で見るのと変わらない近代的なビルがいくつも建っている。
気候はもう夏だった日本に比べれば涼しい。日が当たればそれなりに暑いが、日陰に入ると少し肌寒いくらいだ。
案内されたのは、集会所のような一階建ての大きなホールだった。そこで身なりのいい多くの男女が俺たちを待っていた。
「あの方たちが、皆様の主候補となります」
「主……ということは、私たちは、その、奴隷にされるんですか?」
美緒だ。声が震えている。
俺は少しでも安心させてやろうと、彼女の近くに寄った。
「先ほど申し上げた通り、奴隷でなければ迷宮には挑めません。そして願いを叶える方法は一つ。迷宮を攻略することです」
向かい合う形で椅子が並べられていて、主側と奴隷側に分かれて座る。
簡単な自己紹介を終え、俺を奴隷にしたいと指名してきたのは、小太りで金髪カールのおっさんだった。
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