ROUND.18 本気じゃないワケが無い
大会が大きな契機となったのだろうか。
それからの委員長の成長には目覚ましいものがあった。
放課後は毎日eスポ部に顔を出し、俺達とブラカニのトレモと対戦三昧だ。
委員長にとっての最初の壁になってやるわよ! と、自ら立候補した茶屋ヶ坂先輩は、既に委員長に倒されてしまった後だった。
「いやー、アタイが格ゲー下手くそっての差し引いても、星ヶ丘氏にはもう敵わんわ~。勝ったらSTG勢にするつもりだったのじゃが」
先輩の野望は見事に打ち砕かれた。
流石に俺と植田は委員長に負けるという事はないが、それでもラウンドを取られてしまう時がある。今まさに、植田がラウンドを取られたところだ。次のラウンドできっちりと委員長を仕留めた植田は、アケコンから手を放してオーバーリアクション気味に両手を高く突き上げた。
「うひょー! 星ヶ丘ちゃん、強くなったね!? この短期間でそれだけ動けるようになったの、凄すぎない!?」
「ありがとう! トレモの成果が出てて嬉しいよー」
植田の言葉に委員長が照れたように笑う。
「トレモ、どんなことしてんだ?」
つい気になって口を挟むと、委員長は足元に置いた鞄からノートを取り出しページを捲る。開かれたページには、ぎっしりと文字と絵が敷き詰められていた。全て委員長が自分で書いたのだろう。コンボのレシピとそのコンボに関わるポイント、そしてそれを絵で補足する内容となっており、委員長の真剣さがひしひしと伝わってきた。
「えっと、今はキャンセルを絡めたコンボの練習と、立ち回りの意識配分について考えているところかな」
「すげぇな……」
それしか言葉が出なかった。
捲られたページ一杯にぎっしりと書かれた文字列は、全てがミナヅキの攻略に関する事であるのは一目瞭然の事だった。俺達から受けたアドバイスは勿論の事ながら、独自に調べているのであろう事柄も書き連ねられているのが分かる。
ここまでする人間が、本気じゃないワケが無い。
「そんな事ないよっ、まだ私のミナヅキ……全然理想の動きが出来ないから」
「理想像があるなら、成長も早いよなァ~。やっぱ理想のミナヅキと言えば、全一ミナヅキのMAOさんのミナヅキだよねぇ~!」
MAOさんとは、ブラナイシリーズ通しての猛者……所謂、全国一位のミナヅキ使いだ。
MAOさんの扱うミナヅキは、一切の無駄を省いた立ち回りと徹底した間合い管理による完璧な強さを誇っていた。ミナヅキ使いであれば、誰もが一度はその立ち回りを真似して心が折れる――つまり真似をする事すら難しいテクニックを、平然とデカい大会でやってみせる程の度胸と技量の持ち主なのだ。
その対戦動画はネット上のあちこちに転がっている。委員長がMAOさんのミナヅキを動画で見たとすれば、理想とするのも無理はない。それ程までに、あのミナヅキは完璧なミナヅキなのだ。
しかし委員長は首を横に振って、私の理想とは違うと言う。
「私の理想は、伏見君のミナヅキだよ」
「俺の?」
思わず聞き返した言葉に、委員長が首を縦に振る。
俺のミナヅキなんて、MAOミナヅキの足元にも及ばないんだぞ? しかもメインでもないサブキャラで、そんな俺のミナヅキが理想だって?
「ほら、私にとって初めて見たミナヅキが、伏見君のミナヅキでしょ? だから凄く印象に残っているの」
「そりゃ確かに、初めて見たモンは印象に残るだろうけど……。けど、他にも上手いミナヅキなんて一杯いるだろ? それこそ対戦動画が沢山あるMAOさんとか、あぁ、白百合さんの友達もミナヅキ使いだったろ?」
「そうなんだけどね。でも、私にとってのミナヅキは伏見君のミナヅキだよ!」
……どうしよう。凄く嬉しいけれど、プレッシャーも感じている。
本当に、理想とされる程じゃないんだよ。俺のミナヅキは。
俺が戸惑っているのが伝わってしまったのか、委員長はバツが悪そうに苦笑を浮かべた。
「ごめんね、急に理想ですっ! なんて言われても迷惑だよね!」
「いやっ、全然! ただ驚いたんだよ。俺のミナヅキなんて、まだまだ下手な部分が多いからさ」
「そんな事ないよ! 伏見君のミナヅキ、かっこいいよ!」
委員長が前のめり気味に、勢いよく否定する。
(俺のミナヅキが)カッコイイ。そんな事を言われたのは初めての事だった。
「お、おう。ありがと、委員長」
「あっ、ごっ、ごめん! 私、すぐ調子に乗っちゃうから……っ」
赤らんだ頬を両手で包み込む様にした委員長は、恥ずかしさからかノートをそそくさと仕舞うと、鞄を手にして立ち上がる。
「今日はもう帰るね! お疲れさまでした!」
言い終わるや否や、弾かれる様にして委員長が外へ飛び出していく。その背中にお疲れさまでしたと声を掛けながら、俺は肩の力を抜くと共に、ほっと溜息を一つ吐き出した。
「――全く持って照れるぜ、委員長。そんなにストレートに言われたら俺だって委員長の事、意識しちゃうんだぜ~! みたいな溜息かよ、おぃぃぃ!?」
「憧れのミナヅキに近付くことで、憧れの人へ近付こうとする健気さよ! いやぁー、これは脈ありってやつですかな、植田氏ぃ?」
「いやいや! そりゃないね! だって伏見ですぜ、先輩! 生まれたばかりの鳥が初めてみたものを親と思うアレと一緒ですってェ~!」
「あぁ、アレなー。なんて言ったっけ、伏見氏?」
「刷り込み現象。てか、植田。それ以上いい加減な事言ったら、お前んちに上がり込んでPCの中身、世紀末格ゲーオンリーにするからな」
「世紀末専用機!? てか、イヤだよ!! 勝手に部屋入り込むなよ!!」
「嫌なら余計な事、言うんじゃねぇよ」
だってぇ……と未だに何かを言いたげな植田をひと睨みする。ビクッと震え上がった植田は、それでも珍しく、負けじと口を開いた。
「理想って言われたら、嬉しいんじゃねぇの……?」
「……嬉しくないわけじゃねぇから、困ってんだろ」
俺はまだ、ミナヅキと言うキャラクターの性能と魅力を十分に引き出せているとは思わない。そもそもの格ゲーマーとしての腕前だって、まだまだ未熟だ。
そんな俺の半端なミナヅキを、カッコいいと言ってくれる人が居る。
恥ずかしさと申し訳なさと嬉しさで、どうしていいのか分からない。
分からないので、家に帰ってトレモに励むしかないなと帰路を急ぐことにした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
植田『言っとくが、オレは世紀末格ゲーもそれなりにやり込んでンぜ!』
伏見『この間のオン大会のタイトルがそれだったか?』
植田『うんにゃ。同じメーカーの別のタイトル。そっちもスゲェの何のそのって! 画面所狭しと往復して走るから、陸上ゲーって言われてるんだ!』
伏見『格ゲーだよな……?』
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