第14話『求ム!ゴールデンコンビ!』

 その日の放課後、教室はまだ帰宅しない生徒たちのざわめきに満ちていた。

 その喧騒を、一瞬で切り裂いたのは、教室の入り口に立った、一人の人影だった。


「うわ…きたきた…」


 誰かが、小さな声で呟く。

 その不穏な囁きに、リリコとレヴィは顔を見合わせた。


 教室の入り口に立つ、白衣の教官。


 その姿を認めた瞬間、リリコは「やばい」と口パクでレヴィに伝え、そそくさとカバンに教科書を詰め込み始めた。


 面倒ごとがやってくるという警報が、脳内で鳴り響いている。


 レヴィも、その意図を瞬時に察した。


 レヴィは小さく頷くと同じように、しかしリリコより遥かに素早い手つきで、帰る支度を済ませる。


 周囲の生徒たちが、まるでモーゼの十戒のようにサッと道を開ける中、二人だけがその流れに逆らうように、教室の後方のドアへと、そろそろと移動を始める。


 あと数歩。


 気配を殺し、壁際のロッカーに紛れるようにして、出口に手をかけようとした、その時だった。


「野宮リリ子。レヴィ・ストラウス」


 背後からかけられた、温度のない、しかしよく通る声。二人の肩が、びくりと、大げさなくらいに跳ねた。


「……はい」


 リリコは、諦めたように振り返る。レヴィも、観念したようにため息をついた。


 リズム良い足音。


 肩で風を切るように、アディ教官が、まっすぐに二人の方へと歩いてくる。


「あなたたち、ちょっといいかしら」


 アディは、無表情のまま、廊下の掲示板を指差す。そこには、他の連絡事項に混じって、一枚だけ異様にポップなデザインのポスターが貼られていた。




『緊急募集! 次期主力機テストパイロット選抜チーム! 求ム!ゴールデンコンビ!』




 燃えるような筆文字で書かれ、その下には、申し訳程度の爆発と、やけにキラキラした星が、ぎこちなく配置されている。


 アディは、ポスターを指差しながら、どこか誇らしげに、しかしポーカーフェイスを崩さずに言った。


「私がデザインしたの。どう? なかなか、イケてるでしょ」


 リリコは、そのあまりのセンスの落差に、どうコメントすべきか、曖昧に微笑んだ。


「あ、はい!すごく…その、情熱が伝わってきます…!」


「…ダサくない?」


 レヴィは、ブリ子のな耳元でと小さく囁く。


「何か言ったかしら、ストラウス」


 アディの冷たい視線が、レヴィを射抜く。


「いえ。素晴らしいデザインだと」


 レヴィは、一切表情を変えずにそう答えた。

 その言葉のギャップに、リリコとレヴィは一瞬、言葉を失う。


 アディは二人の反応を見て、ふふっ、と楽しそうに笑うと、ポスターを愛おしそうに撫でながら、わざと大げさに芝居がかった口調で付け加えた。


「…もっとも、こんな子供騙しで、未来の英雄が見つかると本気で信じている帝国軍も、なかなか可愛いところがあるけれど」


「…えっと、これは…?」


 リリコが怪訝な顔で尋ねる。


 アディは、コホンと一つ咳払いをすると、いつもの冷徹な教官の顔に戻った。


「帝国軍が主催する、次世代機のテストパイロット選抜試験よ。二人一組ペアでの参加が条件。あなたたち、受けてみたらどう?」


「へえ、面白そうじゃない」


 レヴィが、ポスターを眺めながら、楽しそうに口の端を上げた。


 アディは、そんなレヴィの反応を待っていたかのように、続けた。


「ただし、この試験で最も重要なのは、思念同調率。パイロット同士の信頼関係、思考のリンク。それが全てよ」


「聞いた、ブリ子? 思念同調率ですってよ!」


 アディは一度言葉を切ると、まるで教科書を読み上げるかのように、淡々と、しかし妙に力を込めて言った。


「つまり、二人の息をぴったりにすること。それは日々いかなるときも一緒に行動して、ちいさい困難も一緒に乗り越えること!……と、マニュアルには書いてあるわ。お約束ね」


「ほう……」


 レヴィが、その『いかなるときも』という部分を、妙に楽しそうに反芻はんすうする。


「聞いた、ブリ子? 『いかなるときも』ですってよ!」


「えっ? い、いかなるときもって……あの、それって、お風呂とか、寝る時とかも…?」


 リリコが素っ頓狂な声を上げると、アディが、じろり、と冷たい視線でリリコを見た。


「野宮リリ子。顔が赤い。何を想像したの」


「ななな、何も想像してません! 物理的に無理かなって思っただけで!」


 アディは、そのブリ子の慌てぶりを一瞥いちべつすると、ふっ、と僅かに口元を緩めた。


「まあ、合宿なんてのも、同調率を上げるには効果があるかもしれないわね」


 そう言いながら、アディの手が蛇のように伸びた。


「あーあと、あなたのこれ、没収ね。ここは遊び場じゃないの」


「えっ、あーっ!いつの間に!?」


 アディの手には、リリコが隠し持っていたレトロなゲーム機が握られている。


 アディはリリコの抗議を無視し、その骨董品を白衣のポケットに無造作に放り込んだ。 指先で、その単純で頑丈そうな感触を確かめるように。


「あ、わたしのゲーム…、返して…」


「私が楽しんだら、返すわよ」


「いいから! やるわよ!」


 レヴィが、アディのアドバイス(?)を良いように解釈して、リリコの肩を組む。


「これ。あんたと私なら、最強のゴールデンコンビになれるわよ!」


 レヴィの強引な、しかしどこか嬉しそうな笑顔に、期待通りの返事を強要される。


「うん」


 おねえさまと一緒なら、どんなことでもできるような気がした。


 ーーその夜、リリコが持ち帰った試験のチラシを、ブルーインはキッチンで一人、きな臭さを感じる表情で見つめていた。


 チラシの隅に小さく印刷された、帝国軍の紋章。


 ブルーインは、その下に隠された、大人たちのどす黒い思惑を、正確に感じ取っていた。

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