第31話 修羅場
メアリーは部屋に入って、中にホテルの制服を着た若い女性がいるのを見た。
「シンジ。この人は・・・」
「ホテルの人さ。ワインを持ってきてもらったんだ」
信二はあわてて取り繕う。だが酔っているリサを見てその言い訳は通じないことはよくわかっていた。今度はメアリーがリサに尋ねる。
「ねえ、あなた。ワインを持ってきただけ?」
信二はメアリーに気づかれないようにリサに目配せをして話を合わせてくれと頼む。
「え、ええ。でもお話をしたくて・・・。・レースのことで・・・ワインまでいただいて・・・」
リサはしどももどろにそう答えた。メアリーは眉をひそめて信二とリサの顔を何度も見比べた。
(これはまずい。メアリーが大爆発するかもしれない・・・)
そうなったら手が付けられない・・・信二は覚悟した。
「そうだったの! 落ち込んでいるシンジを励まそうとしてくれたのね!」
メアリーは一人で合点がいったようだった。
「それなら3人で飲みましょう。残念会よ! さあ、私にもグラスを頂戴!」
こうして3人でワインを飲むことになった。信二は内心(助かった)と思ったが、その後が大変だった。どういうわけか、メアリーとリサが意気投合して騒ぎ出した。一人でも大変なのに2人の酔っ払いに絡まれて信二はため息をつくしかなかった。
ようやく朝が来た。何事もなくリサもメアリーも酔っぱらった後、寝息を立ててベッドでぐっすり眠り込んでいる。信二は一睡もできなかったが・・・。彼は眠るのをあきらめてカーテンを開けた。朝日がやけにまぶしい。
「まあ、メアリーも戻ったことだし、よしとするか。あと2戦、何とか巻き返さないとな!」
信二はそうつぶやいていた。
◇
次のランスGPまでマシンの調整を行うことになった。そのために開発工場に信二とメアリーが訪れた。ここの開発主任はあのアイリーンだ。彼女は相変わらず大きな眼鏡で大きめの白衣を着て、2人を出迎えてくれた。
「また改良ね。シンジの意見が参考になるわ」
今回はアイリーンはそう言ってくれる。かつてのツンツンした感じはもうない。信二を信頼してくれている。ただ2人きりになった時、信二にそっと聞いてきた。
「メアリーとはいい仲なの?」
「いえ、ただのチームメイトです」
信二はそう答える。
「そう? 彼女はそう思っていないみたいだけど・・・」
「そんなことはない。よく話をするだけだ」
信二はそうごまかす。するとアイリーンは信二の耳に口元を寄せてこっそりと言う。
「それならいいわね。待っているわ」
そう言われれば信二は断れない。昼間はずっとマシンをコースに走らせた。改良点を探るために・・・。そして夜は工場に忍んでいき、1戦終わった後、ベッドの中でアイリーンに意見を伝えた。
「ここはこうして・・・」
「そうね。やってみるわ」
彼女はコトが終わってすっきりした頭でマシンの改良のプランを考えた。これがほぼ毎日続く。アイリーンが(今夜来て)の合図を送ってくるので・・・。
それにたまにはメアリーの相手もしなければならない。ひどいときには一晩のうちに続けざまに2人の相手をしたこともあった。信二にはなかなかきつい生活を強いられることになった。
(メアリーとアイリーンはそんなことになっているとは思っていないだろう・・・)
そう思うのはメアリーとアイリーンが仲良く話していることがよくあった。はたから見るとまるで姉妹のように・・・。信二はいつ二股(?)がばれるかと冷や冷やしていたが・・・。
そんな日々を送るうちにランスGPが迫ってきた。だがマシンの改良はまだまだ進まない。信二とメアリーはランス国にいるチームと合流することにした。
「できるだけのことはやってみるわ。レースがんばってね」
アイリーンは改良作業を続けてくれるようだ。信二はそれに期待するしかない。
「ああ。いい知らせを待っている」
「メアリーもがんばってね」
「あなたとお話しできて楽しかった。また来るね」
メアリーはそう答える。信二は心の中でため息をついた。
(ここには一人で来よう。メアリーと一緒では身がもたない)
とにかくあと2戦、厳しい戦いが待っている。マシンの改良の出来がこれからのレースのカギとなる・・・信二はそう思っていた。
◇
ランス国は伝統ある緑豊かな国だ。シェラドンレースのファンが多く、公式練習もまだなのに早くも国中で盛り上げっている。
ここはイザベルの地元だ。信二がコースを見学に行くと彼女がマシンを走らせていた。なかなか調子がいいようだ。このコースにきっちり合うようにマシンを仕上げてきているだろう。
「ここまで来たんだ。あいさつしておくか・・・」
信二はランス国のピットに顔を出した。すると練習を終えたイザベルが戻ってきていた。20台半ばで栗色の髪に栗色の瞳をしたなかなかの美人だ。
「信二です。見せてもらいました。いい走りですね」
「あなたにはいつもやられているわね。今度は負けないわよ」
イザベルは笑顔で右手を出した。
「お手柔らかに」
信二はイザベルと握手した。こんな美人ならいつもの信二なら触手を伸ばすのだが、ここのメカニックに彼女の婚約者がいる。いらぬ騒動を起こしたくないから今回は我慢することにした。
(また機会はあるさ。シーズンオフにでも誘ってみるか・・・)
そんなことを考えているとレースの重圧が軽くなった気がした。とにかく明日から公式練習が始まる。
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