第30話 トラブル

 マイケルはさらに差を広げていく。


(それならせめて2位に・・・)


 信二は何とか2位を死守しようと頭を切り替えた。だが後ろからショウがどんどん迫ってくる。


(だめだ! 抜かれる!)


 恐るべき直線のスピードだ。あっという間に信二の横を抜いていった。この疾風のようなヤマン国のマシンにもついていくことができない。

 それに後ろからロッドマンが迫ってきた。彼はレースの動きを読んでいたのだ。前の2人にはかなわないが3位は狙えると・・・。それで後方にいて着実にレースを進めていた。


 レースは8周目に入った。この頃から信二はマシンに異変を感じ始めていた。妙な異音がしているのだ。


(ミッショントラブルか!)


 序盤にマイケルについて行こうとあまりに激しくマシンを走らせてきたから、ここに来て付けが回ってきたのだ。スピードがガクンと落ちる。それをあざ笑うかのようにロッドマンが抜いて行った。


(まずい! なんとかゴールまでもたせなければ・・・)


 信二は焦っていた。後ろからイザベルとドロテアが迫っている。なんとかコーナーをハングオンスタイルで攻めてタイムを稼ごうとする。すると不安定なマシンがさらに振動して今にも分解しそうだった。


 先頭争いはマイケルとショウの争いになった。6気筒エンジンのマシンを操るマイケルが有利かと思われたが、ショウが果敢な走りを見せた。コーナーでもマイケルに遜色なく走り、最後の直線でその疾風のようなスピードを見せつけてマイケルを抜いて行った。ショウが1位をもぎ取ったのだ。


 一方、信二は苦しい走りを強いられていた。マシンからは白煙が立ち上る。それでもなんとか4位でゴールできた。その途端、ミッションが完全に壊れてマシンに強烈なブレーキがかかり、信二は投げ出されそうになった。それを何とかこらえ、マシンをわざと倒してコースを滑らせて行く。その途中で信二は手を放した。

 マシンはコースを外れて芝生の上で停まる。信二も無事だ。立ち上がってそのままピットに戻っていく。


「おい! 大丈夫か!」


 心配したボウラン監督が出てきた。


「俺は大丈夫です。ミッションが完全にいかれました。あと少し距離が長かったらリタイヤだった」


 信二はかろうじて4位で3点のポイントを得て42点となった。だがマイケルは2位で8点を得て48点になった。せっかくルーロGPで縮まった差はまた大きく開いてしまった。ロッドマンは3位に入り6点を加えて45点となった。信二はまた総合ポイントで3位に落ちたのだ。


    総合ポイント

 1位 マイケル(ボンド国) 48点 

 2位 ロッドマン(スーツカ国) 45点

 3位 信二(マービー国) 42点

 4位 ショウ(ヤマン国) 37点


(あと2戦しかない。ランスGPとボンドGPだ。最終戦のボンドGPはボンド国が総力を入れてくるだろう。だから次のランスGPを取りたい。しかし今の状態では・・・)


 信二は総合1位グランプリ争いに明るい未来を見いだせなかった・・・。



 シンジはホテルに戻った。明後日にはランス国に移動しなければならない。そこでマシンの再調整を行っていく予定だ。スタッフは街に羽目を外しに行った。だが信二は部屋に閉じこもってじっと窓の外の夜景を見ていた。


(明日からは忙しいな。荷造りで慌ただしくなる・・・)


 レースで負けて気分は落ち込んでいた。第1戦のマービーGP、第2戦のイリアGP以来、勝利がないのだ。マシンのせいもあるがそれをカバーしきれない自分に腹が立っていた。


(俺の実力ってこんなものだったのか・・・)


 前の世界ではMotoGPの制覇が夢であり、実現できると思っていた。だがこの異世界での状況はどうだ。ずっと勝てない状態が続いている。自分の力に疑問がわいてくる・・・。

 そんな信二のもとに今日もリサが訪ねてきた。前と同じようにワゴンとともに・・・。


「リサ。悪いが今日はそんな気になれない」

「今日はワインにしたの。きっと飲みたい気分でしょう」


 リサはワインを2つのグラスに注いでその一つを信二に渡した。そして2人でベッドに腰かけた。


「乾杯しましょう!」

「何に?」

「シンジのこれからのレースの勝利を祈って!」


 リサはグラスをチンと鳴らして飲み干した。信二もぐっとワインを飲み干す。さわやかな香りがして口当たりがいい。


「うまい!」

「そうでしょう。私、ソムリエの資格もあるのよ。こんな時はこのワインだと思ったの」


 リサはさらに信二のグラスにワインを注いだ。


「どうりでうまい訳だ!」

「さあ、どんどん飲んで! 嫌なことは忘れましょう!」


 リサもワインを自分のグラスに注いで飲む。だがあまり酒が強くないのか、頬を赤らめている。その姿が妙に色っぽい。そうなると信二のしもの方が動き出す。


「リサ。君がいてくれて心が休まる」

「そう言ってくれてうれしいわ」

「だから・・・」


 信二はそっとリサの眼鏡をはずしてワゴンの上に置いた。


「急に君が欲しくなった」

「まあ。元気が出たのね」


 リサの目は潤んでいる。さて次は・・・と信二が思っているとドアを「トントントン」とやさしくノックする音が聞こえた。それを聞いてリサははっとしてベッドから立ち上がった。慌てて眼鏡をかける。


(誰だ? いいところなのに・・・。ブライアンか? 酔って帰って来たのか?)


 信二は立ち上がってドアを開けた。


「メ、メアリー!」


 そこに立っていたのは骨折して本国で静養しているはずのメアリーだった。


「静養しているはずじゃ・・・」

「驚いた? 足はもういいの。レースのことを聞いて駆けつけたの。きっと落ち込んでいるだろうと思って」

「いや、大丈夫だ!」

「飲んでいるのね。ヤケ酒? 付き合うわ」


 メアリーは信二の腕をかいくぐって部屋の中に入った。


(これは修羅場になる!)


 信二は大いに慌てていた。

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