第18話 研ぎ澄ます

――玉座の間には、息の詰まるような沈黙が垂れ込めていた。

闇ギルドの精鋭を差し向けたものの、剣聖と首狩り姫の介入により、

カール・シュタイン本人の眠りを脅かすことすら叶わなかった――

その報告が、重く響き渡ったのだ。


「……もはや、内からあやつを討つことは困難であろう。ならば、外より牙を招き寄せるほかあるまい」


憔悴しきった王の声は、恨嗟に満ちていた……。

北方のラインハルト侯国、西の海洋連邦――古来よりこの地を狙う強欲な隣邦。

その野望を「反逆者シュタイン討伐」という旗印で呼び覚ますのだと。


重臣たちは怯え、ざわめき、互いの顔を見合わせる。

ただ一人、老臣のみが蒼ざめた声を絞り出した。


「陛下……それは外患誘致。すなわち、国を売るに等しき愚挙にございます」


「黙れ!」


玉杖が石床を叩き割らんばかりに打ち据えられ、王の怒声が響きわたる。


「あの怪物を滅ぼさぬ限り、この王国は腐り果てる……屈辱を晴らさぬ限り、我は一刻の眠りさえ得られぬのだ!」


その背後に控えていた黒衣の男が、蜜の衣をまとった甘い言葉を囁く。


「侯国は必ず動きましょう。力を尊ぶ彼らにとって、シュタイン侵略は格好の“腕試し”。しかも勝てば領土を奪える。欲望と大義、両方を満たせましょう」


 王の瞳に、狂気じみた憎悪が燃え上がる。


「……『シュタインは魔族と通じる反逆者』と触れ回れ!侯国の耳は遠い。真実か否かなど気にはせぬ!」


こうして王国は、自ら敵を呼び込み、また一歩、破滅へと踏み出した。



――シュタイン領の村々には再び笑い声が満ち、子どもたちは畑を駆け回っていた。


しかし平穏を守ろうとする者たちの胸には、ひとときの安息すらなかった。

先々代当主ゲオルグ・フォン・シュタインは書簡を握りしめ、孫娘リーゼロッテへと視線を向ける。


「……王都の動き、感じるか?」


「兄さまには、まだ報告しておりません。無用に煩わせたくなかったゆえ……」


月明かりに照らされながら、リーゼロッテは静かに目を閉じた。


「密偵より国外からの密使が王都に出入りしていると……王都育ちの草も同じ報告を寄越しました」


「やはりか……」


ゲオルグは深く息を吐いた。


「内乱に他国が介入すれば、国は必ず乱れる。――王は、もはや理性を捨てたか」


「兄さまを討つために国を売るなど……陛下こそ真の反逆者です」


老将は頷き、孫娘の言葉を肯定した。


「その通りだ。だが焦るな。王国は己の狂気に呑まれ、自滅するやもしれぬ。我らは、ただ備えを怠らぬことだ」


リーゼロッテは細剣の鯉口を切り、刃に映る己の瞳を見つめる。


「兄さまに刃を向ける者は、たとえ異国の王侯であろうと――必ず、この手で刈り取ります」


ゲオルグは微かに笑みを浮かべる。


「よい心構えだ。だが忘れるな。シュタインの力は、独りの剛腕にあらず。我ら一族と領民が誇りを胸に並び立つことこそが、真の強さよ。独りで背負うな。共に戦え」


――外患を呼び込んだ王国は、破滅の坂を転げ落ちようとしている。


だがその嵐を迎え撃つべく、シュタイン一族は牙を研ぎ、刃を磨き、静かに嵐の只中を見据えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る