第17話 返り討ち
シュタイン領の夜は冷たい。
風は荒野を渡り、闇はすべてを呑み込んでいく。
だが、その闇を恐れる者はいない。
この地の民は二百五十年、魔境に暮らし闇に蠢く者どもと戦ってきたのだ。
そんな夜を、好機と見てしまった者たちがいた。
黒装束に身を包んだ影十人。
王都から密かに放たれた刺客――王が「暗殺ギルド」と契約して呼び寄せた闇の住人である。
「目標はカール・フォン・シュタイン。仕留められなくとも、領に混乱をもたらせば良し」
隊長格が低く告げる。
彼らは壁を越え、影のように領主館へと忍び寄っていった。
だが、些細な違和感……
通常なら見回りの兵の足音、犬の鳴き声、眠りにつく人々の気配があるはず。
ここには、それら”すべて”があるのに、「その”すべて”が自分たちを見ている」ような奇妙な感覚。
――刺客は気配を殺し、窓から忍び込むが、灯りの消えた広間には誰もいない。
「おう。夜の散歩にしちゃ、ずいぶん洒落た恰好だな?」
豪快な声が闇を破った。
影が振り向くと、そこには巨躯の男――ハインリヒが、酒瓶を片手に立っていた。
顔はにやけているが、その目は猛獣そのもの。
「……気付いていたか」
「ははっ、気づかれねえと思ったのか?」ハインリヒは肩をすくめ、酒をぐいと煽る。
刺客の一人が短剣を構えた瞬間、雷のような拳が飛んだ。
「カール様を起こす気か?まあ、あの人の寝起きの悪さを知らんからできるんだろうが……」
刺客たちが一斉に襲いかかる。
だがハインリヒの”拳”に薙ぎ払われ、壁に叩きつけられる。
その様子はまるで、獣の群れを”素手”で狩る鬼神の如し。
「剣聖ハインリヒ!我らを愚弄するか!」
ハインリヒは笑いながら答えた。
「一応お前らも人間だろ?慈悲ってもんだ」
――その言葉に、闇の者たちの心は砕かれた。
やがて、最後の一人が窓から逃げ出そうとした時、背後から凛とした声が響く。
「見苦しい」
振り返ると、そこには可憐な少女が立っていた。
――白刃が月の光を受け線を引く、瞬きすらする間もなく首が飛ぶ。
「お前さんに慈悲ってもんは……って、聞くだけ無駄か」
ハインリヒは苦笑し、肩を竦める。
「兄さまの眠りを妨げる者は、誰であろうと許さない――それだけ。」
リーゼロッテの冷ややかな言葉に、ハインリヒは酒を煽る。
「こわいこわい……けどまぁ、頼もしいこったな」
こうして、王の放った刺客は一人として生きて帰ることはなかった。
むしろ、シュタイン家の底の知れぬ強さを証明する形となったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます