EP2:戦闘とは相手との戦いではなく、自分との戦いである

『おめでとう!キミは「勇気がなくて踏み出せない自分」を克服した!「二段ジャンプの祝福」を与えよう!』


「二段ジャンプ……?祝福……?なにそれ……?」


 遠くに見える城下町に向かって仲間たちと歩きだした直後、俺の脳内に謎のアナウンスが流れた。

 

 だが、仲間にこの異常現象をどう伝えたらいいかわからなかったため、そのままスルーして先にすすんだ。 




「ほぉ……これがこの異世界の街というヤツですか……屋根が真ん中に向かって少しへこんでいるあたり、雪が降る時期もあるのでしょうか」


 謎の魔物たちを倒してからたぶん約一時間後、俺達は城下町の中にいた。


 なお、あれからさらに3回くらい例のブヨブヨ謎生物と出会ったが、全部俺が素手で駆除した。


 「屋根の形だけでそこまでわかるなんて、チホは物知りなんだね!」


「読書が趣味なもので、たまたま覚えていたのですよ」


「屋根が雪国仕様ってことは、今は夏なのか?」


「ワシらはチホさん以外半袖やけど、そこまで寒くもないし、仮にここが雪国ならそう考えて間違いないやろな」


「さて……ここからどうしますかね、疑問がありすぎて、誰に何を聞けばいいものやら」


 俺はふと、あたりにいる人々に目をやる。


 そして、気付いてしまった。




 この世界の人間皆美男美女であることに。


 


 元の世界にいたときのことを思い出す。


 道行く人々がみんな、自分よりもカッコよく見えて、つい顔をうつむけたある春の日の休日。


 隣にいた友達に相談しても「それはキミの偏見で主観だ」と切り捨てられる。


 そんなはずはない。


 でも、そんな気もする。


 俺が見ている世界は、どのくらい真実に近いのだろうか。


 


「……そういえばさっき、スライム的なヤツを倒した際に何か石みたいなものが落ちましたよね」


「これか?」


 俺はこれまでの駆除で敵が落とした石のようなものを複数個取り出す。


「異世界ものなら、魔物が落としたアイテムはどこかで換金できるのが定番です……ソレを換金し、食糧や情報収集のための本を確保しましょう」


 その後、俺たちは換金所を探すことになり、明らかに猟師と思われる方の後を追いかけることでだいたい3分くらいで見つけることができた。




「ズライムの心臓10コか。それじゃあ、だいたい1000テラゾーだね」 


 そう言いながら素材換金所のイケオジな鑑定士さんは、100を意味する記号が書かれた銀貨を10枚渡してくれた。


「……スライムじゃなくてズライムなんですね」


「スライム?聞いたことない魔物だね。サクイムやツライムなら聞いたことも見たこともあるんだがねぇ」


 スライムはいないのにスライムのパチモンみたいな魔物は充実してるのが謎すぎる。


「店員さん、ありがとうございましたっ!」


 セツナが元気よくお礼を言い、俺達も頭を下げて感謝のしるしを表す。


「また来てなっ!」


 俺達はすがすがしい気持ちで店の外に出た。


 その時。



 特大の和太鼓をバチで叩いたかのような鈍重な音と共に、俺達の前に巨大な魔物が着地した。



「ぶよぶよした真っ青な身体、これもズライムの一種なんか……?」


 だが、それ以外の特徴が圧倒的に違う。

 

 あのズライムを全長2メートルの人型したような体型に、頭部の口以外にも人間における両手の部分にも第二第三の口がある。


 ブヨブヨした醜悪な見た目もあいまって、俺の親父を連想させる。


 怖い。


 父と同じくらい、怖い。



「うわあああああああ!羅殺魔らさつまがでたぁーー!」


 突然、店の中からさっきの鑑定士さんが出てきて叫ぶ。


「羅殺魔って、なんですか?」


「よく聞いてくれたね嬢ちゃん!羅殺王らさつおうラヴァナスが人類浄化のために作った魔物、それが羅殺魔らさつまなんだ!」


「要するに、羅殺王の手先ってわけやな」


「その通りだ、ノッポの兄ちゃん!そしてアレは、ズライムをベースに作られた下級羅殺魔ズライマン。その強さは国の衛兵3人分、どうしようもねえ……」

 

「すみませーん!衛兵さんは近くにいますかー!」


「呼んでも無駄だよ、髪結びの嬢ちゃん。今、この国の衛兵は人員も能力も共に不足気味。しかも大半が遠征中……来ても1人が限界だ……みんな、遠くに逃げてくれ!」



 皆が話し合っているうちに、ズライマンが俺の方を向く。


 『けひゃひゃ、ひゃひゃ、ひゃああああ!』


 そして、俺を嘲笑あざわらうかのように鳴き、俺に右腕で殴りかかってきた!


「う!うわぁ!」

 

 俺はとっさに左手でズライマンの右腕を掴み、攻撃を阻む。



 怖い。


 父親に睨まれた時くらい怖い。


 逃げたい。


 もう嫌だ。




 ……でも、ここで逃げたら、俺はあのイケメンたちの仲間でいられる資格すらないダメ人間になってしまう。


 そんな気がした。


 俺は、目の前の敵に、怖がりで弱い自分に、挑むことを決めた。




「うぉりゃあ!」


 そして俺は、右手でもヤツの腕を掴み、両腕を使い思いっきりヤツを床に叩きつけた!


『けひゃーーーーーっ!』


 ズライマンが痛みがるように鳴く。


「それは、確か、相手の打撃を防ぎつつ投げ技に転じる華勝流拳法の基本技『痛倍返し』!実戦で使われているところを見たのは初めて!頑張れ、リキ!」


 おそらく少し遠くにいるであろうセツナが、やたら詳しい技の解説と共に俺に声援を送る。


 彼女の言う通り、俺はさきほど、幼少期に習った華勝流拳法の技を使った。


 正直、華勝流拳法を習っていた時は拳法の雰囲気がダサくて嫌だったが、今こうして戦えていることを考えると、あの修練の日々は無駄ではなかったのだろう。



「けひゃ!けひゃ!」


 体勢を立て直したズライマンが、俺を狙い、手でつかめないほど低い蹴りを放つ。


「キバが生えそろった腕を使わないなんて……さてはさっきの痛倍返しが悔しかったんだな!」


 俺は敵が意思疎通できるかどうかを気にせず、恐怖を煽りで紛らわしながら、ジャンプで蹴りを避けていく。


 そして、その合間に拳打を何発も繰り出す。




「ひゃああああああっ!」


 そして、10回目のジャンプ回避を行った時。

 

 ズライマンの足先から、青い宝石の刃が垂直に生えてきた!


「うわっ!なんでダイヤっぽい突起が急に生えてくるんだよ!」


「羅殺王ラヴァナスがダイヤに関する術式じゅつしきを使える都合か、羅殺魔は攻撃等でダイヤを身体に生やすことが多いのです」


 今回はたまたまいつもより奥にジャンプできたから避けられたものの、次ジャンプしたときに生えてきたら避けられない。


「どうする、俺……?」


 正直、あの刀も、ズライマンの父に似た見た目も、怖くて怖くてたまらない。

 

 いっそのこと、衛兵が来るまでひたすら逃げる手もある。


 でも、もしその過程でヤツが他の人に目を付けて襲ってしまったなら?


 ……やれるかはわからないが、もうやるしかない。


 俺は逃げ腰な自分を引き続き無視し、戦闘を続けることにした。


『ひゃひゃあっ!』


 低い蹴り。


 俺は垂直に跳び、避ける。


 再度、ダイヤモンドの刃の刃が生えようとする。


 


 俺は、空中を蹴り、さらに飛んだ。




 いけた……!


 紛れもない、二段ジャンプだ。


 やはり、さっきの謎アナウンスはスキル獲得とかその類いだったのか。


 ならば話が早い。


「乗り越えてやる……オマエを!今までの俺を!」


 俺は意気込み、構えた。


 

 再度ヤツが蹴りを繰り出す。


 俺は上に跳んで、さらに前に跳んだ。


 俺の足元スレスレに、ズライマンの頭頂部がある。


 そして、ズライマンの後ろ側に着地。


 相手が振り返る。


 時間がない。


 ヤツが不意から覚めて攻撃する前に、思い切り胸と腹の間を殴る。


 正直、コイツに死角や急所の概念があるかなんてわからない。


 しかし、最善は尽くした。


 


「けっ……ひゃあああああっ!」



 ズライマンは心臓を残し、爆発しながら霧散むさんしていった。





「ありがとねぇ、旅の兄ちゃん!おかげで店の被害もゼロだよぉ!」 

 

「まじか!あの人、一人でズライマンを倒しやがった!」


「やったなリキ!さすがうちらの最大戦力や!」


 店員さんが、民衆が、仲間が俺をたたえる。



「よくやったな……俺!」



 俺も、敵と恐怖に打ち克てた己を称えた。




 また一歩、前に進めた気がした。

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