焼進の英傑~自分にとって最強の敵は自分自身~
四百四十五郎
初日編
EP1:俺以外の異世界転移者は美しい上に戦闘が苦手
俺は、生まれながらのどん底だ。
俺の名前は
上の名も下の名も少年漫画のパワー系味方キャラみたいでダサイ。
こんな名前じゃ女の子が困惑して付き合ってくれないだろう。
俺の容姿はひどく特徴的だ。
ゴツい体格、真っ赤な瞳、赤っぽいトゲっとした髪にキリっとした眉毛……要するに、熱血キャラと誤解されかねない父親似の外見。
ああ、なんとダサい。
こんなもん、時代遅れだろう。
自分に自身がなければ、何もする気が起きなくなってくる。
結果が見えているからだ。
そう思うと、どんどん苦しみが増していって……
そして気が付けば、
俺は塾の3階から飛び下りていた。
「ああ、5階にしておけばよかった」
地に落ちる直前、俺は後悔した。
俺は身体が強いから、3階程度では死なないだろう。
きっと次に目覚めた時はあの世ではなく病院で、俺の17年続いている惨めな人生は続行してしまうのだろう。
そんなことを考える間もなく、意識が途切れた。
『前略、オマエはこれから異世界に転移し、100日以内に羅殺王ラヴァナスを倒さなければならない』
気が付けば、俺は雲まみれの空間にいた。
床は白い雲、天井は黒い雲、背景は青ひとつない灰色の曇り空。
仮にこれが天国だというのなら、あまりにも外観が微妙すぎる。
そして、変な声も聞こえた。
「……なんだ、この生き物は?」
声の方向に視点を向けると、そこには鳥の頭部と翼を持ち、全身が白い雲のような羽毛で覆われた俺と同サイズの怪生物がいた。
よく見たら丸いレンズのサングラスまでしており、何が何だかわからない。
『我の名はクモドリ。そして、キミは今から異世界に転移する』
「異世界……転移……聞きたいことが色々あるが……うう、どこから聞けばいいんだ」
『混乱させてすまない……だが、時間がないから、とりあえず要点を4つにしぼって大事なこと、キミに伝えるべきことを説明しよう』
クモドリが右手を敬礼のように曲げつつ左手を水平に上げ、全身で「4」を模したポーズを取ったのち、説明が始まった。
『1つめ、キミはこれから元いた世界とは別の世界に転移する。言語の違いに関しては先ほどこっちの言葉をインストールしたから安心してくれ』
急に、脳内に知らない言語の
なんだこれは。
『2つめ、キミは異世界で100日以内に「羅殺王ラヴァナス」という悪者を倒さないといけない。他に3人の転移者がいるから、協力して立ち向かってくれ』
「この謎空間に俺達以外の存在はいないが、ほか3人とはいつ会えるんだ」
『謎空間とは失礼だな。ここは我の精神世界「バックモルーム」だ。3人とは異世界に転移した後にすぐ会えるだろう』
「すまなかった、まさかオマエの心の中とは思わなくて」
『3つめ、異世界に100日以上滞在すると、キミの心身はチリとなって消える』
「急に重いリスクを開示されたんだが」
『4つめ、キミたち人間にとって、最大の敵は魔物でも、羅殺王ラヴァナスでもなく、己自身だ』
「おい、哲学っぽいこと言ってごまかすな」
『だって事実なんだもん……まあ、とにかく、説明を聞くよりも実際に立ってみた方が理解は早いと思うよ!』
そうクモドリが言った次の瞬間、俺がいる場所の雲が柔らかくなり始めた。
前後の文脈から嫌な予感がした俺は、バックステップで急いで立ち位置を後ろに変えた。
直後、さっきまでいた地点に穴が開いた。
『あー、そうだった……やっぱりキミは、運動神経がいいね!』
「その口ぶり……俺とオマエは初対面だよな?」
『ああ、そうだった、うっかり人違いをしてしまった』
意味深なセリフと共に再度、床が硬さを失い始める。
再度回避しようとするが、回避先も同じ状態だ。
さては、床全部無くす気か。
『……じゃあ、世界を頼んだよ』
床がすべて消えた。
俺の視界は翼を広げたクモドリと黒い雲の天井のみを映し出し始めた。
『金剛寺リキゾウ!己に打ち
そして、クモドリのやけに熱の入った応援を聞きながら、俺は
△▲△
「なんだ……結局現実世界とおなじ身体か」
異世界転移して開口一番、俺は落胆した。
視界に映る肉体は、最近脂肪が少し付き始め、シーソーでの有利性が増した俺自身の肉体であった。
周囲がのどかな平原であることも、遠くに城と城下町のようなものがみえることも、時間帯が昼であることも、どうでもよくなるくらい、俺は絶望した。
「……仕方ないですよ。だってこれは『転生』じゃなくて『転移』ですから」
声のする方に視界を向けると、そこには小柄かつ黒髪かつ紫目でおしとやかそうな美少女がいた。
彼女がクモドリが言った「3人の転移者」の一人なのだろう。
「ラノベやネット小説は散々読んでいたから、そんなことはわかっていた。わかってはいたんだが……転生じゃないのか」
ネット小説において、異世界転移と異世界転生は明確に別の概念とされている。
そして、異世界転移では現世の肉体をそのまま異世界に持ってくのが定番であり、異世界転生では新しい外見の肉体や出自が用意されるのが定番なのだ。
クモドリ!なんで転移じゃなくて、転生にしてくれなかったんだ!有料DLCでもいいから今すぐ転生も追加してくれ!
「まあ、そのままの身体の方が使い慣れていて動きやすいから、これはこれでいいよねっ!」
続いて、銀髪のポニーテールかつ水色の眼で活動的な服装の身なりが整った美少女が俺の視界に入る。
「おっとぉ!」
直後、美少女を遮るように突拍子もなく金髪で俺より背が高くて細身の美少年が現れる。
「ああ!アンタらがクモドリが言っていた『他の転移者』か!よろしくな。ワシは葉沼ヨウタ、アンタらは何て言うんや?」
どうしよう、金髪の美少年改めヨウタから名前の開示を求められてしまった。
正直、本名はダサすぎて言いたくない。
「アタシは
活発な美少女もといセツナが名前を開示した。
やはり、俺も下の名前だけでもいうべきか?
いや、
「……あ、あの、私は
続いて、おしとやかな美少女もといチホが名前を明かす。
こうなれば、俺も名前を言うしかない。
「……リキ。俺の名前はリキだ。みんな、よろしく」
「よろしく!」「……よろしくです」「よろしくなぁ」
押し切った!
名前の一部分だけで押し通した!
「んで、どないする?あっちに見える城下町にでも行くか?」
「お、いいね!ここの人たちとは言語通じるらしいし、羅殺王について情報集めてみようよ!」
「……情報収集パートは異世界ものやRPGでは鉄板の流れですからね。行きましょう」
俺がごり押しの達成感に浸って何も喋らない間に美男美女が話し合いを済ませ、行き先を決めた。
みんな、カッコいい姿だ。カッコいい名字だ。カッコいい名前だ。
俺とは身体に流れている血も、白血球も、遺伝子も、運命も、違うのだろう。
彼らの顔を見ていると、胸がとてつもなく苦しくて、耐えられないほど痛くなってくる。
俺は、3人が雑談に夢中になっている隙を見て、逃げ出した。
「まって!リキ!」
セツナが俺を呼び止めようとするが、もう耐えられない!
あんな心も体も美しい集団の中に、こんな醜悪な自分がいることが!
俺は持てる力の全てを出し尽くして最大時速で走って逃げる。
逃げて逃げて、やがて足音が遠くなって、ようやく立ち止まって……
「そうだ……これで、いいんだ」
俺は、涙を流し、泣き始めた。
己の運命に、境遇に、外見に、みじめさに、そして……
己の弱さに。
「痛っ!噛みつかれた!」
泣き始めから数分としないうちに突如、ヨウタの叫び声が耳に入る。
振り向けば、500メートルほど離れた先で人影が何かに襲われている。
思わず、無意識のうちに、足が先ほどとは逆の方向に走り出す。
眼が現場の様子をより詳しく捉え始める。
見れば、先ほどの美男美女3人が、不透明かつブヨブヨした50センチくらいの生物3匹で構成された群れに襲われている。
そういえば、先ほどクモドリが『魔物』という言葉を口にしていた。
もしや、あのブヨブヨして青っぽい上に手足はないが
どのみち、現場の状況はよくない。
ヨウタは運動慣れしていないのか、素手で攻撃するも相手にダメージを与えられていない。
チホは受け身こそ上手だが、何も動作ができず防戦一方である。
セツナに至っては、何かを思い出したかのように棒立ちで敵の攻撃を受け続けている。
間違いない。
あの美男美女3人組は、戦闘が苦手だ。
足はさらにせわしなく地面を蹴って身体を前へと進める。
相手がイケメンかブサイクかなんて、敵の魔物が強いか弱いかどうかなんて、この場においては関係ない。
ここで彼らを助けなければ、俺は今度こそ、自分自身に完全に負けてしまう。
そう、確信してしまったなら、あとは進むのみだ。
魔物との、弱い自分との、闘いに。
「ウォリャアアッ!」
走ってきた勢いで、セツナに寄りたかる魔物1匹を思い切り突き飛ばす。
飛ばした魔物は苦しみながら空中でチリとなっていき、石のような何かを落として消滅していった。
おそらく、絶命だろう。
「リキ……!」
続いてチホとヨウタを執拗に狙い、噛みつこうとする魔物を1匹ずつ殴り飛ばす。
「助かった……」
「ありがとな!」
飛ばした2匹が地面衝突後に消え去るのを見てから、俺はゆっくりと息を吐いた。
どうにかなって、本当に良かった。
「ようやったリキさん!アンタこそワシらにはなくてはならない存在や!」
「現在の私たちのなかで、まともに戦えそうなのはあなただけ……どうか、再度の加入をお願いします」
「助けてくれて、ありがと……リキ、一緒に行こう!」
「そうだな……俺も、これから辛いことや苦しいことがいっぱいあったとしても、それでもみんなで一緒に過ごしたい」
これから毎日、彼らに対する羨望と嫉妬に苦しむことになるのかもしれない。
だとしても、戦闘能力に乏しい彼ら3人をそのまま無視する選択肢を取った場合よりかは、感じる苦しみは少ないだろう。
それに……俺のことを認めてくれた彼らと共にいれば、いつか俺が俺自身の弱さに打ち勝てるような気がしたのだ。
「じゃあ、改めて……みんな、これからよろしく!」
こうして、自分に勝つための異世界での冒険が、始まったのであった。
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