冷たい

猫小路葵

第1話 発見

「先輩! ホトケさんが出ました!」


 四方を崖に囲まれた、澱んだ池のふち。

 鑑識の仕事を見守っていた後輩の山内が、そう言って貴弘を呼んだ。

 水温は低く、一帯の空気もひんやりとしていた。

 池をさらっていたダイバーたちが、水底からつぎつぎに人骨を拾ってくる。

 骨は白くて細くて、血や肉などはなにも残っていなかった。


 被害者の骨――

 生きて、立って歩いていたであろう骨。

 笑ったり、泣いたり、音楽を聴いたり、夢見る未来があったであろう、人の骨。


 貴弘は、何も言葉を発することなく、ただじっと見つめていた。

 集められた骨は、地べたに敷かれたシートに順序よく並べられた。

 そして係官の手で写真を何枚か撮られたあと、丁寧に袋に入れられて、車に乗せられた。

 車が一足先に現場から去っていく。

 その場にいた人間は、道の両脇に整列し、手を合わせて見送った。


 ――よかったな、わたる


 貴弘が、走り去る車に、心の中でそう語りかけた。

 隣にいた山内は、もちろんそんなことは知らないで、いつもと同じ調子で貴弘に話しかけた。

「ホトケさんも、これでやっと成仏できますね」

 貴弘が「ああ」と返事をすると、山内は「ほんとによかった、見つかって」とつぶやき、去っていく車を目で追った。

 高身長の山内は、貴弘より10センチほど背が高い。

 その位置から見下ろすように「先輩のお手柄ですよ!」と山内は言った。

 チャームポイントの大きな口で、無邪気にニカッと笑う山内を見て、貴弘は曖昧に「うん」と頷いた。

「……どうかしました、先輩?」

「いやべつに。なあ、山内」

「はい?」

「成仏したら、幽霊になってさまようこともないかな」

 山内は、珍しく情緒的なことを言った先輩刑事を一瞥して、答えた。

「そうですね……やっと安心して眠れるんじゃないですかね。てか、そうであってほしいっす」

 被害者を思いやる山内に、貴弘は力なく笑って、その肩をポンと叩いた。

「俺らも戻ろっか」


 足もとには、湿った落ち葉や枯れ枝が堆積していた。

 最後に一度だけ池を振り返って、貴弘は山を下りた。


 

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