第2話 反撃開始

 侵略部隊が現れてから数日。世界の空は鈍色に濁り、各地で爆発や火災が頻発していた。都市部は混乱し、避難民の列が街道を覆い、軍はその護衛に追われている。圧倒的な力を誇る異界の兵器群に対し、この世界の正規軍ではまるで歯が立たない。


 アレンとカイルは、リオやセリスとともに指揮拠点へ向かい、戦況の把握に努めていた。

 壁一面に投影された光学地図の赤い点は、刻一刻と拡大していく侵略部隊の制圧域を示している。


「……思った以上に展開が早いな」

 カイルが険しい顔で地図を見つめる。

「敵はこの世界を〝占領〟じゃなくて〝掌握〟するつもりだ。軍事拠点だけじゃなく、魔力炉や通信施設を優先して抑えてる」

 リオが淡々と分析を付け加えた。


「つまり、時間を与えれば与えるほどこの世界は詰むってことか」

「そういうことだ。だからこそ――動くなら今しかない」

 アレンは拳を握り、決意を示す。


 作戦は明快だった。侵略部隊の指揮中枢へ向かい、可能な限り破壊と攪乱を加え、撤退を余儀なくさせること。そのためには少数精鋭の浸透が不可欠であり、│方舟アークで各地を機動的に転移しながら戦線を突破する。ドミニオンは上空から広域の支援と監視を担当する形となった。



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 夜、荒廃した郊外の集落に方舟が降下した。静寂を切り裂くように、アレンの雷光が走る。


Accelerationアクセラレーション!」

 彼の体が弾かれるように前進し、待ち伏せしていた敵兵の背後を一瞬で取った。振り抜かれた剣が青白い軌跡を描き、敵の武装を両断する。


Thunder Slashサンダー・スラッシュ!」

 追撃の斬撃が雷鳴を伴い、複数の敵をまとめて吹き飛ばす。


 別方向では、カイルが風を巻き起こしていた。

Gale Breakゲイル・ブレイク!」

 突風が槍のように収束し、迫る重装兵を正面から打ち砕く。彼は即座に次の詠唱へと移る。

Caging Bindケージング・バインド!」

 緑色の鎖が虚空から現れ、敵兵の動きを封じた。そこへリオが放った魔弾が正確に命中し、鎖ごと爆散させる。


「息は合ってるな」

 リオが短く言い、セリスが頷く。彼女は両手に展開した双属性の魔法陣を駆使し、周囲の結界を張り巡らせていた。



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 激戦を繰り返すうちに、アレンたちは敵の中枢施設のひとつに迫っていった。

 それは巨大な黒い尖塔で、空を突くほどの高さを誇る。内部からは脈動する光が漏れ、侵略者が用いる異質なエネルギーの発信源となっていた。


「……あれを落とせば、この一帯の制御はかなり乱れるはずだ」

 リオが低く言う。


 だが、尖塔の周囲には重装の守備部隊が展開していた。数も火力も桁違いだ。正面突破は無謀に思える。


「なら、俺が道を開く」

 アレンが前に出る。

Lightning Bulletライトニング・バレット――連弾」

 雷弾が雨のように降り注ぎ、敵の砲台を次々と沈黙させる。しかし数が多すぎる。アレンは歯を食いしばった。


「カイル!」

「分かってる――Levitateレヴィテイト!」

 浮遊魔法で空に舞い上がったカイルは、風を束ね、巨大な槍の形に変える。

Gale Break・Maximumゲイル・ブレイク・マキシマム!」

 風槍が轟音とともに炸裂し、守備陣の一角を吹き飛ばした。


 その隙を逃さず、アレンは再び加速する。

「貫け!Thunder Lungeサンダー・ランジ!」

 稲妻をまとった突進が敵陣を貫き、尖塔の基部へ到達する。



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 だが、敵も黙ってはいない。尖塔の上部から黒い砲口が展開し、周囲一帯に重力波を放射してきた。地面が軋み、全員の体が押し潰されそうになる。


「ぐっ……Defensor Shieldディフェンサー・シールド!」

 アレンが盾を展開し、仲間を庇う。しかし防ぎきれる規模ではない。


 その瞬間、空から光の矢が降り注いだ。

 ――ドミニオン。


 艦腹に並ぶ砲門が一斉に閃光を放ち、尖塔の上部を削り取る。衝撃で重力波が途絶し、圧迫から解放された。


「援護感謝!」

 アレンが叫び、リオが短く応答する。

「まだ終わっていない。中枢はもっと奥だ」



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 尖塔内部は異様な静けさに包まれていた。壁面を走る光は脈打ち、心臓の鼓動のように響く。中心部に鎮座するのは、巨大な水晶体――この施設を制御するコアらしい。


「これを壊せば、敵の支配網は大きく揺らぐ」

 セリスが分析する。


 しかしその前に立ちはだかったのは、人型の兵器だった。鋭い槍を携え、全身を黒い装甲で覆っている。明らかに他の兵とは格が違う。


「こいつは……守護者か」

 カイルが呟く。


 激突は一瞬だった。槍の突きが稲妻のように走り、アレンが咄嗟に剣で受ける。衝撃で床が砕けた。


「こいつは俺がやる!」

 アレンが叫び、雷を纏う。

Volt Edgeヴォルト・エッジ!」

 閃光の刃が敵の装甲を裂く。しかし完全には通らない。黒い兵器は無傷のように槍を振り下ろす。


 そこへカイルの風刃が割り込み、衝撃を逸らした。

「一人で突っ込まない!」

「……ああ、分かった!」


 二人の連携が加速する。雷と風が交錯し、敵の動きを削いでいく。だが守護者は異様な耐久を誇り、倒れない。


 リオとセリスは結界と援護射撃で二人を支え、四人は一丸となって敵とぶつかった。



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 戦闘は長引いた。アレンの雷撃が黒装甲を焦がし、カイルの風槍が亀裂を走らせる。ついに守護者がよろめいた瞬間、アレンは全魔力を集中させた。


「これで――終わりだ!」

「引き裂く!Thunder Slashサンダー・スラッシュ!!」


 雷を纏った剣が縦に走り、守護者を真っ二つに裂いた。爆発とともに黒装甲が砕け散る。


 水晶体が震え、制御光が乱れる。リオが即座に魔弾を撃ち込み、セリスが追撃の結界を収束させた。コアが破砕し、尖塔全体が崩壊を始める。


「退避だ!」

 カイルが叫び、四人は駆け出した。



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 外に飛び出すと、空には再びドミニオンの巨影が浮かんでいた。崩れ落ちる尖塔を背景に、アレンたちは荒い息をつく。


「やったな……」

「いや、ここからが始まりだ」

 リオの声は冷静だった。


 確かに尖塔を落としたことで局地的な混乱は与えられた。しかし侵略部隊全体にとっては一つの拠点を失ったに過ぎない。敵の中枢はまだ存在し、根本的な解決には程遠い。


 それでも、彼らは確かな手応えを得ていた。

 ――核心へ迫る道筋は、ようやく見え始めたのだ。


 空を見上げるアレンの瞳には、未だ消えぬ雷光が燃えていた。


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