第42話 未記録の王

観測不能領域の奥。

未記録の住人たちを束ねる巨大な影が、ゆっくりと姿を現した。


その輪郭は人の形に近いけれど、顔も目もない。

代わりに無数の「×」印が刻まれており、記録から抹消された者の象徴のようだった。


◇ ◇ ◇


「……あれが、“未記録の王”です」

魔導書少女が淡々と告げる。

「存在を奪われた者たちの怨嗟が、ひとつに集まった形」


「王って……こんなのが? ただのモンスターじゃなくて?」


「いえ。存在を失った彼らの総意です。

観測局に抗う、もうひとつの矛盾」


その声に背筋が凍った。

矛盾が二つも? 胃が限界突破するんだけど。


◇ ◇ ◇


未記録の王が口のない口を開いた。

いや、胸の奥から声が直接響いてきた。


「……モブ勇者……お前ハ……我ラト同ジ……

役割ヲ持タナイ……矛盾ノ同胞……」


「同胞って言うな! 僕は皿洗いモブで満足してるんだ!」


「満足? 役割ナク……居場所アル……?

矛盾……赦サレザル矛盾……!」


影の群れが一斉に叫び、空間が震えた。


◇ ◇ ◇


リュカが剣を構えて前に出る。

「こいつらは、お前を取り込もうとしてる。

“モブ”を王に組み込んで、完全な矛盾の王国を作るつもりだ」


「やめてくれ! そんな大役、胃がもたない!」


◇ ◇ ◇


魔導書少女は静かにページをめくる。

“未記録の王、矛盾因子との同化を望む”


「……あなた次第です」

彼女が冷ややかに言う。

「拒めば戦い。受け入れれば、あなたは“未記録の王”」


どっちもろくでもない!


◇ ◇ ◇


未記録の王が手を伸ばす。

その腕は墨のように揺れ、触れた瞬間、僕の記憶を吸い込もうとしていた。


桶の音、皿の泡、静かな日常――。

全部、奪われる。


「いやだ……それだけは、絶対に!」


◇ ◇ ◇


次回、「モブの拒絶」


お楽しみに。

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