異世界転生はモブで行く!~成り上がらない英雄譚~

空錠総二郎

第1話 転生したけど、僕はモブになる

異世界転生劇場開幕。

――と口に出して言うやつは信用するな、と昔から決まっている。


でも、いま僕の目の前には剣と魔法とステータスウィンドウが揃い踏みしているので、信用せざるを得ない。

つまり、僕はいま異世界に転生している。


いや、正確には転生“したらしい”。

「したらしい」ってのがポイントで、僕自身は転生の瞬間を見てない。死んだ覚えもない。


最後に覚えているのは、コンビニで肉まんを買ったら中身がカレーだった、という理不尽な瞬間だ。

――ふかふかの皮を割いたら、黄金色のルーがとろり。

「いや、カレーかい!」と心の中でツッコミを入れる前に、もわっとした匂いが脳を直撃して、気付けば意識が飛んでいた。


もしあれが死因だとしたら、歴史上もっとも不名誉な死に方ランキングで上位を狙える気がする。

笑えない。いや、笑ってくれた方がまだ救いがあるか。


◇ ◇ ◇


「おや、新人さんですか?」


声をかけてきたのは、分厚い魔導書を抱えた少女だった。

年齢は……ぱっと見で十代半ば。けれど瞳の奥にうっすら漂う諦観は、もっと長い時間を知っている人間のものかもしれない。

栗色の髪を二つに分けて結び、ローブの袖口からは紙のインクが染みこんだような匂いがした。


「新人って……何の?」


僕が問い返すと、少女は魔導書を軽く叩きながら答えた。


「この世界に来る人間は、みんな新人です」


新人類か。ネオサピエンスか。

いや、単に“プレイヤーキャラ”ってことか?


――あ、自己紹介がまだだった。

僕の名前は「カレー肉まん」。


もちろん本名じゃない。けど、死因にアイデンティティを奪われることは転生あるあるだと聞いたことがある。

魂を登録する時点で、強烈に最後の記憶が刻み込まれて、そのまま呼ばれるらしい。


……つまり僕は一生、カレー肉まんと呼ばれる運命にある。

どこのファーストフードだよ。


◇ ◇ ◇


「では、これから何をします?」


少女が無邪気に訊いてきた。

ステータスウィンドウを開いたり閉じたりしながら、まるでそれが呼吸かのように。


「何をって……勇者になるとか?」


僕が曖昧に答えると、彼女はすぐに首を振った。


「勇者なら昨日、十七人召喚されましたよ」


「じゅ、十七人……?」


多すぎる。戦隊モノでもそんな人数いないぞ。

……いや、百人力の勇者が十七人いれば千七百人力?

魔王軍も大変だな。


「じゃあ……魔王?」


「魔王なら今朝、八人ほど生まれました」


「多すぎだろ! 勇者と魔王って、そんなに乱発していいの?免許制じゃないの?」


「そういう時代なんです」


「何時代だよ」


少女は肩をすくめて、魔導書を閉じた。

パタンと乾いた音が広場に響く。


僕は周囲を見渡した。

ここはどうやら“転生者用の宿場町”らしい。木造の建物が規則正しく並び、どの軒先にも見覚えのある顔がある。


いや、見覚えがあるというより――

“日本人っぽい”顔だ。


サラリーマン風の中年男が鎧を着てウロウロしているし、女子高生っぽい二人組が魔法陣にキャッキャしている。

全員、僕と同じように“こっちに来てしまった人間”なんだろう。


「勇者や魔王はもう足りてる。賢者も聖女も、先週の新規参入で定員オーバーです」


少女は冷めた調子で言った。

世界はおそらくファンタジーだが、状況はもはやギャグだ。


――つまり、僕がとるべき行動はただひとつ。


勇者でも魔王でも賢者でも聖女でもない、まったく別のポジションを探すこと。

そう、この物語における唯一の空席。


語り部であり観察者、あるいは語られることすら拒む異物。


僕はすっと背筋を伸ばし、彼女に宣言した。


「わかった。僕は、この世界で“モブ”になる」


◇ ◇ ◇


少女が目を瞬かせる。

でもその反応すらどうでもいい。


僕の宣言に反応するのは、それを聞いた“読者”だけでいい。

そう、あなたのことだ。


――というわけで、異世界モブ転生譚が始まった。


◇ ◇ ◇


その後。


「モブになる、とは?」


少女は眉をひそめながら訊いてきた。


「簡単に言うと、“その他大勢”だ」


「……戦わないのですか?」


「戦わない」


「冒険しないのですか?」


「しない」


「じゃあ……ご飯を食べて寝るだけ?」


「うん、それでいい」


少女はあきれたようにため息をついた。


「モブなんて、存在する意味がありません」


「いやいや、モブがいなきゃ物語は成立しないんだぞ。勇者が“人々を救う”って言うとき、その人々は誰だ? 魔王が“世界を滅ぼす”っていうとき、滅ぼされるのは誰だ? それがモブだ」


「……なるほど」


彼女はしばし考え込み、やがて薄く笑った。


「では、あなたは“人々代表”ということですね」


「そう。世界を彩る背景。主役に華を持たせる土台。それが僕だ」


――言ってて悲しくなったけど。


◇ ◇ ◇


そこから始まった僕の異世界生活は、勇者や魔王と比べると本当に地味なものだった。


宿場町の片隅で、荷物運びのアルバイト。

農場で収穫した野菜を並べる市場の手伝い。

酒場で皿を洗いながら、酔っ払い勇者の武勇伝を聞かされる。


「おい聞けよ! 俺たちが昨日、魔王軍の雑兵を百体倒したんだぜ!」

「いや、あれ俺一人で八十体はいったよな!」

「違う違う、俺が最後の決め手を――」


――はいはい、すごいすごい。


僕は皿を泡でこすりながら、彼らの話をBGMにしていた。


◇ ◇ ◇


でも。


ある夜、ふと気付いたことがある。

モブであるはずの僕の視界に、誰も気付いていない出来事が映る瞬間があるのだ。


勇者たちの背後で倒れている名もなき兵士の呻き声。

魔王軍の中で震える幼い影。

聖女が祈りを捧げるとき、祭壇の隅でひっそりと涙を拭う老婆。


――そういうものを、僕だけが“物語の外側”から見ている。


モブであるからこそ。

主役のスポットライトを浴びないからこそ。


世界の隙間に潜む「語られない物語」を、僕は拾い上げられるのだ。


◇ ◇ ◇


「……やっぱり、あなたはおかしい人です」


例の少女――魔導書を抱えた彼女は、そんな風に言った。


「おかしい上に、退屈そう。でも……少しだけ面白そうでもあります」


彼女は結局、僕に付き合うことにしたらしい。

理由は不明。あるいは好奇心かもしれない。


こうして“モブ宣言”をした僕と、魔導書少女の奇妙な日々が始まった。


勇者でもなく、魔王でもなく、

ただのその他大勢として。


けれど――

誰も気付かない形で、物語の根っこを揺らす存在として。


◇ ◇ ◇


次回、「村人Aの給料事情」


お楽しみに。

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