飛行学はおすすめしない

 比較歴史学の授業が終わり、昼休みになった。ダムが一緒に昼食をとろうと誘ってくれたので、学食へ向かう。

 僕がからあげ定食を買い、ダムはきつねそばとたぬきそばで悩んだ挙句に両方買っていた。


「そば! 侍といえばそばでござるな!」


 嬉しそうにズボボボと麺を啜るダムを微笑ましく眺めていると、僕の隣の席に担々麺が置かれた。

 見上げると、先輩がにやにやしながら立っている。


「よお、すげーやつと飯食ってんな」


「すげーやつ?」


 ダムのことなのだろうが、何を指してすごいと言っているのかピンとこない。2種のそばを交互にかきこんでいるところだろうか。


「やや! サザナ殿、お久しぶりでござるなー」


 ダムは丼から顔を上げていつもの爽やかな笑顔を浮かべた。これほど人畜無害という言葉が似合う表情もない。


「大戦以来だな。お前がこっち来てるとは思わなかったわ」


 二人はどうやら知った顔らしい。僕が蚊帳の外で首を傾げていると、先輩が


「お前、知らないでこいつとつるんでたのかよ」


 と呆れ顔で笑う。


「ダムドデュードはドワーフの英雄だぞ。ドラゴニアの大隊を単騎で壊滅させたっつーバカみたいな逸話で有名なやつ」


「だっ、ダム……そんなすごい人だったんだ……」


 あのドラゴニアの大隊を相手にして勝ったと言われても、すごすぎていまいち上手く咀嚼できない。一心不乱に麺を啜る姿からはとても彼が大戦の英雄だとは想像できない。人を見た目で判断してはいけないなと思った。


「それを言うなら、サザナ殿の爆撃魔法がなければ最終戦で勝つことはできなかったでござる。我らからすればサザナ殿が英雄でござるよ」


「せっ、先輩もすごい人だったんだ……」


 担々麺を犬食いしているところからはとても想像できない。人を見かけで判断してはいけないと思うが、先輩に関してはこの素行の悪さで王女だの英雄だのと言われても信じる方が難しいと思うのだが。


「そーだよ。お前私のことただのヤニカスだと思ってんだろ」


「そんなことは……ありますけど」

「あんのかよ」


 僕らが戯れあっていると、いつの間にかそばを完食していたダムが身を乗り出してくる。


「そういえば、二人はこのあと授業はあるでござるか? 某、サークルを探しているのでござるが、二人もサークルが決まっていなければ一緒に巡らぬか?」


「あ! 僕と先輩はサークル作るんだ! なかよしクラブっていう、異種族で集まって交流を深めるサークルなんだけど」


「お前それ本気なのかよ! 私は入らねーからな!」


 先輩がぎゃあぎゃあと騒ぎ立て、ダムは目を輝かせて大きな声を上げる。


「山田殿が作るということは、天下統一を目指すサークルでござるな!? よし、拙者もそれに入るでござる! 午後はサークル活動と洒落込むでござるよ!」


「おい、一を聞いて十を誤解してるじゃねーかこのドワーフは。なんだ天下統一って」


 ため息をつく先輩と興奮するダムの間に温度感の差で蜃気楼ができているのがわかる。僕は苦笑いをしながら時間割を確認して「あ」と声を漏らした。


「ごめん午後授業入ってた! 飛行学とったんだった」


 僕がそう言うと、二人の顔つきが一気に険しく、というか真剣なものになる。


「飛行学はやめておいた方がいいでござる。あれはドラゴニアのための授業でござるよ」


「そうだ、特にお前はやめとけ。めんどくせーことになるぞ」


「えー、初回だけ行って決めますよ。ドラゴニアの生態とかも興味あるし」


 おちゃらけている二人のいつになく真面目な口調に面食らったが、僕は飛行学を受けるのをやめようとは思わなかった。人間なら誰しも空を飛ぶことを夢見るだろう。今の僕には空は飛べないかもしれないが、いつかドラゴニアの飛行法から学んだ知識が人類に空を飛ぶことを可能にさせるかもしれないし。


「私は忠告したからな」


 先輩は冷たい声でそう言って、そっぽを向いてしまった。


「ううむ……行くなら止めないでござるが、何かあったらすぐ某に言うでござるよ。山田殿は特にその……ドラゴニアによく思われていないでござろうから」


 ダムの気まずそうな言葉で、自分の入学式での言葉を思い出した。ドラゴニアを恨んでいるとああいう形で公言すれば、それも仕方のないことだろう。問題はここからなのだ。ドラゴニアと話して、彼らの価値観を理解して、許し合うことが僕の目標なのだ。


「うん! ありがとね」


 ドラゴニアは悪だ、と異世界の人々は口を揃えて言う。僕はその意味をよく理解できていないのかもしれない。僕が彼らを恨む気持ちと、異世界人が彼らを恨む気持ちは別種のものなのだろうと思う。その違いを知るためには、ドラゴニアと関わって彼らのことを知らなければならない。

 僕は拗ねてそっぽを向いたままの先輩に


「先輩も心配してくれてありがとうございます」


と声をかけて立ち上がった。

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