第49話 檻の中の栄光

9月25日(月) 明成学園


クラスは、ブルーホライゾン全国大会の最中に起こった、誘拐未遂事件の話で持ちきりだった。


「犯人は選手の熱狂的ファン集団らしい。アークブレイブは祐也くんでしょ?大丈夫かな」

「でも、戦って逃げたんじゃない? 鍛えてるし」

「馬鹿、ゲームのようにはいかないだろ」

「鬼畜だよ、妬みでしょ。お金目的?」

「ねぇそれより、ΩNovaって君島君でしょ? マジかっこよかった!」


ざわめきを押し流すように学校放送が鳴り響く。


『みなさん土曜日の大会で優勝者の一人となったのは、我が校のトップ成績者、君島レン君です』


モニターに映るのは、大歓声に手を振るレンだった。


「こんにちは、Ωnova、君島レンです。この度は城戸祐也君率いるアークブレイブと全力を尽くして戦い、勝利を得られたことを誇りに思います。

次は社会の人々を護るΩNovaとして、力を尽くしたいと思います」


拍手と歓声が教室を揺らし、女子は黄色い声を上げ、男子は羨望と嫉妬を混ぜた視線を送る。


だが、その画面の裏でレンは思っていた。

——あの少女の幻影。

——急に単純化した相手の動き。


本当にこれは“勝利”だったのか。歓声に抱かれながら、彼の心だけは透明な檻に閉じ込められていくのを感じていた。



放課後、ジンたちはカラオケに集まった。


「レンくん、いよいよ青梅だ。間に合わなくなっちゃう」マナの切迫した声

「俺らで助けに行こうジン。やっぱりロンに頼もうぜ!」千斗が拳を握る。


ジンはしばらく黙り込んでいた。


「……俺もレンを助けたい。だけど学生って立場で遊んでるだけじゃ、何も変えられない。俺たちの点数は全部、檻になってる。だから家を出る」


「えっ⁈」ミナが目を見開く。

「マジかよ!」千斗も声を荒げる。


ジンはうなずいた。

「ああ。学校も辞める。親にも一生会えないだろう。でも……親には、スコアで迷惑をかけない方法は考えたい」


ミナは静かに答えた。

「ブレスレットを使って“転校”扱いにすればいい。検定が終わってからの方が不自然にならない」


「なるほどな」千斗が感心する。


「どうするの?」マナが真剣に問う。


「これはそれぞれの問題だ。自由意思に任せる」

ジンは真っすぐに言った。


「でも、俺は決めた。点数という檻に閉じ込められて生きるくらいなら、影の道を歩くほうがましだ」


路地に出ると、夜風が頬を撫でた。


ジンは立ち止まり言葉を吐き出す。

「……俺はもう、このシステム自体が許せない」


しばし沈黙。


ミナが小声で尋ねる。

「……怖くないの?」


ジンは苦笑する。

「怖いさ。でも、このまま“管理されるだけの人生”の方が、よっぽど怖い」



ミナが小さく息をついて、寂しそうに微笑んだ。

「やっと……ジン自身の言葉を聞けた気がする」


ジンは驚いて振り向く。

ミナは真っすぐに彼を見返した。


「やっと一緒に並べたね」


夜風がふたりの髪を揺らした。

その瞬間、ジンの胸の奥で檻がひとつ外れた気がした。




レンは光の檻に縛られ、ジンは影の道へと踏み出した。二つの選択は、やがて一つの記憶へと収束していく。

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