第14話 うちの子の愛らしさを教えてあげるよ

『わわわ! 狐さんが増えたのです!』


 闘技場での模擬戦。子狐のモコが10匹に増えてトゥナを囲んだ。


 人間形態も可愛かったけど、狐形態の黄金色の毛にモフモフの尻尾がたまらない。


 なんだこれ、天国か?


『天国か? じゃないのです! 真面目にやるです!』


 心を繋げる技〝レゾナンス〟の最中だったのを忘れてた。思考は全部トゥナに共有されるし、トゥナの思考もリアルタイムに流れてくる。


 凄い違和感だ。


『違和感はトゥナも一緒なのです! それより今の状況です! これは多分スキルが見せる幻影だと思うのです!』

『スキル〝空間掌握ディ・アイ〟は……既に使ってるか。うわっ、なんだこれ』


 スキルの効果で、狐の身体の動きが魔力によって読み取れる。動くのは1匹だけ。他は存在しない……つまり幻。なのに……。


『分かるのに、分からない……。なんか、気持ち悪い。脳をかき回されているような……』

『トゥナの魔力ごと攪乱されてるのです。相手の方が上手なのです』

『なんでもありかよ……』


 子狐達が動き出す。まずは正面から2体、後ろから2体の同時攻撃。


『後ろからも来てるぞ!』


 言うまでもなく、レゾナンスで伝わっているようだ。


 トゥナはギリギリまで引き付けて回避に成功。飛びかかる狐同士が衝突し、弾ける音と共に消滅した。


「いい調子だ、朝倉くん。さっそくレゾナンスを使いこなしているようだね」


 子狐の飼い主――じゃなくて、マスターの尾野さんが師匠のような顔で頷いている。


「なんで幻影なのに爆発するんですか!」

「あれは魔力の塊だよ。当たったらそれなりに痛いから、覚悟するんだ」

「可愛いモフモフに特攻させるなんて、あんた鬼かよ……」

「……今だって幻影ごと抱きしめたい気持ちを、必死に抑えているんだよ……」


 尾野さんの悲痛な顔に、ちょっと心が痛んだ。


『マスター! また突進が来るのです!』


 爆発したはずの4体がいつの間にか復活し、今度は前後6体で迫る。


 トゥナはスライム形態に姿を変え、隙間を縫うように転がって回避した。


 躱された幻影たちは石畳に直撃し、破裂音と共に散った粉塵が宙を舞う。


 砂埃のようにざらつく感覚が共有されて、鬱陶しい。


 けど、これは――使える。


『トゥナ』

『全部伝わったです! やってみるです!』


 考えていた内容が、そのままトゥナに伝わっているみたいだ。


『チャンスは1回だけだ。慎重にな』


 作戦を言葉にしていたら尾野さんにも当然伝わる。レゾナンスは便利だ。教えてくれて感謝しかない。


「尾野さんありがとう!」

「急になんだい? 僕たちはレゾナンスで繋がっていないんだから、ちゃんと言葉で伝えて貰わないと」

「レゾナンスを覚えたら、新人戦でも有利に戦えそうだなって!」

「新人戦を目指しているのかい? それなら、もっと厳しく訓練しようじゃないか!」


 今まで一斉攻撃だった狐が、次は波状攻撃を仕掛けてきた。


 右の狐が鋭く飛び込み、頬を掠めるギリギリで避けると、直後に後ろから鋭い爪の煌めきが迫る。


 転がって回避――しかし、それを待ち構えていた2体が左右から挟み込み、トゥナに直撃する。


 火花が散り、爆ぜる。トゥナの丸い身体が、弾かれ転がった。


『……痛いのです』

『トゥナ! 大丈夫か?』

『……あんまりたくさんは受けたくないのです』

『作戦の準備は?』

『ばっちりなのです! 仕掛けるのです』


 トゥナは人間形態に戻ると、両手でグーを握って見せる。


「いつでも降参してくれて構わないよ? 初日にしては十分すぎる成果だ」

「俺たちはまだやる気ですよ? ご自慢の毛並みが汚れても泣かないでくださいね」

「それなら満足いくまで、うちの子の愛らしさを教えてあげよう!」


 狐たちが再び散開。右へ左へと翻弄する。


 狩りをするように、獲物トゥナを中心にした包囲網は、じわじわと狭まる。


 絶体絶命の光景。けれど……作戦通りだ。


 狐が押し寄せようとする瞬間、トゥナは両手を大きく開き、その場でくるりと回転して見せる。


 ――手に中にあった、砕けた石畳の破片を撒き散らしながら。


「……なっ!?」


 尾野さんが驚愕に顔を歪めた。


 散った破片に触れた幻影は、次々に音を立てて消滅していく。


 その中央で、トゥナは上機嫌に笑った。


「攻撃を避けながら吸収して拾っておいたのです! まだまだあるのです!」


 塩を撒くようにトゥナは破片を散らす。消えていく幻影が残した魔力の残滓。その中で、1匹だけ佇む狐――本体をやっとみつけた。


 トゥナは迷わず飛びかかる。


 右手をサメの牙に変化させ頬を狙うが、狐は首を捻って回避。


 そのまま狐は後転し、円を描くように後ろ脚でトゥナの胸を蹴り上げると、素早く距離を取った。


「素晴らしいよ朝倉くん! まさか反撃までしてくるなんて!」


 退いた狐が、赤い着物の狐耳少女に変化する。姿を変えることで戦い方も変わるのだろうか。


「……次はもっと痛い。がんばって、よけて」


 狐少女――モコの尻尾が振り子のように振られた。


 それに合わせるように、周囲に青白い火の玉が浮かび上がる。


 その瞬間、ぞわりと肌が粟立つ。嫌な記憶が――火花のようにチラつく。


 耳鳴り。違う、何かが爆ぜるような音が聞こえる。


 心臓が乱暴に胸を叩き始める。まるで『助けて』と叫ぶように。


「……スキル〝狐火〟だよ」


 連射される青白い炎は流れ星のように尾を引き、軌道を変えてトゥナを追尾する。


 その光景に、目眩がした。


『……っ。マスター! どうしたですか!』


 トゥナの動きが鈍い。俺の恐怖が伝染していく。


 狐火が頬を掠め、焦げ臭さが鼻につく。避けようとして、足を撃ち抜かれた。


 トゥナの感じる全てが、俺に伝わる。


 痛みは大幅にカットされているのに、四肢が痺れる。


「……苦しいなら、降参、する?」


 モコは戸惑った様子で首を傾げた。


 その通りだ。降参した方が良い。だって……。


 ――炎は、怖い。


 喉が灼けつくように乾く。息苦しいのは――あの日と同じ。


 青い火の玉に重なって、記憶の奥の赤い炎を幻視する。


 焼け焦げる臭い、爆ぜる音。


 散る火花に身を竦め、幼い自分は、泣くことしかできなかった。


 助けてと叫ぶたびに、息が苦しくなる。


 なにもかも、炎に呑まれる。


 最後には、俺の存在すら――


「やめろ……やめえてくれ……」


 声が掠れる。


 口の中が乾燥して、嫌な味がした。


「しっかりするです! その記憶は過去のものなのです!」


 トゥナを青い炎が囲み、レゾナンスが熱を伝える。


 熱いのに、震えが止まらない。


 凍えるような――恐怖。


 ああ、俺は変わらない。変わってない。


 理不尽な力の前に、今も無力だ。


「マスター? マスター!? だめなのです。吞まれたらだめ――」


 大切な友達の声が、遠い。


 この世界に、俺だけが取り残される。


「訓練を中止する! 今すぐレゾナンスを止めるんだ!」


 視界が赤く黒く、明滅する。


 炎に頬を焦がし、闇の底に落ちるように――意識は暗転していく。


「朝倉くん!? どうしたの!! 朝倉くんっ――!」


 闇の中で、誰かが差し伸べる手が見えた気がした。

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