第十九話 おぞましき達人

「なぁ坊や。お友達のことは気にしなくていいのかい?」


「.....」


 振り返れない。

 ティルクやトノイが、果たしてあの矢の雨から逃れることができたのか。

 本当ならばいの一番に駆け出してその安否を確かめたいところだが、この外道を前にしてそれは不可能だ。

 ほんの少しでも視線を外せば、途端にあの強弓が襲ってくるのは必定。

 まさに今、権藤は冥界から妻を連れて帰る道中のオルフェウスのように、振り返りたくなる気持ちを抑えていたのであった。

 奴はその葛藤を見抜いたうえで、言葉という毒矢をまず放ったのだ。


 外道!

 まさに外道と形容する以外に、一体どうやってこの男のおぞましさを例えられようか?

 カントの村を襲い尽くし、ティルクの父を殺し姉を攫い、そしてこのナントの村でも暴虐を働こうとした盗賊団を率いる男。

 そして、自らの部下を遅いという理由だけで村人もろともその弓の的にするという理不尽。

 その名はオウゼル!


 この男を放ってはおけぬ。許してはおけぬ。いや、生かしておいてはならぬ。

 権藤資隆の名に誓って、このような外道を野放しにすることなど、腹の底から湧き上がる怒りと燃え上がる漢気が許さない。


「.....ゴン....ドウ」


 ───弱々しく、蚊の鳴くような声。

 まさに命の灯火がゆらりゆらりと漂っているような、そんな声。


 揺れた。

 権藤の心が揺れた。

 その視線が揺れた。


 その時、死が翔んできた!

 権藤の心が、視線が僅かに揺らいだ隙を見逃さずにオウゼルが弓を放った!

 はたから見れば何も起きていないように見えたであろう一瞬を、見逃さなかった!

 恐ろしきはその速さ。矢をつがえたと思ったら、その矢は既に権藤へと向かって飛んでいたのだ!

 なんという早業、なんという達人技であろうか。

 これぞ、まさに弓スキルの一つ『速射』である!!


「ぬぅおぉっ!!」


 ほんの数瞬の揺らぎの海からむりやり浮上し学ランを振り、飛び掛かる死を遮る。

 陣幕神楽などとは呼べぬただの一振り。オウゼルのあまりの早業に、その一振りをするだけで精一杯。

 しかし、それではあの強弓は止められない!

 練魂塾謹製特殊繊維学ラン越しに、権藤の腹筋にめり込んだ!

 たとえ超高性能の防弾チョッキを着用していたとしても銃弾の衝撃を殺しきることはできないのと同じように、たまらず肺の中の空気が我先にと口から飛び出し、パクパクと口が動く。


「ンン?坊や、面白い芸をするじゃないか。仕留めたと思ったんだけどなぁ?」


「へっ....そんなら....おひねりの一つでももらおうじゃねえか」


 返された軽口に、ふっと何かを言うために口を開き息を吸おうとしたその一瞬、今度は権藤が動いた。

 その動きはまるで猫科の動物が行う狩りのような俊敏な動き。矢が刺さり手負いとなったとは思えぬ勢いで、左前方に駆け出した。


「むぅ!よく動く奴め!」


 既に手負いとなり、もはや人の形をしただけの的だと思っていた相手が走り出したことに、少しばかりの驚き。

 しかし、それは遊び終わったと思ったテレビゲームに新たなダウンロードコンテンツが追加された時のような、まだこの坊やは俺を楽しませてくれるというサディズムに満ちたものだった。


「面白いじゃないかぁ!何をするつもりか見せてみなよ、坊やぁ!!」


 嘲笑とともに吐き出される歪な期待。

 そしてその言葉よりも早く放たれた、権藤を追いかける矢の数々。

 まっすぐ飛んでくるだけではない。綺麗な弧を描きその軌跡を変えるもの、まるで元横浜マリナーズ投手の大魔神・佐々木のフォークボールもかくやというような角度で足元へ向かって急激に軌道を変えるもの。

 およそ弓矢というものが行う物理法則を無視した、あり得ない挙動をする矢の数々が権藤を追いかける!


 おぉ、神よ。なにゆえあなたは無慈悲なのか。

 心優しき村人にはその恩寵を与えずにただただ奪われる苦役の人生を贈り、この外道が人の形を成したオウゼルには、強力なるスキルを与え給うた。


 しかし、それにたやすく屈する権藤ではない。もしもこれで死ぬようならば、錬魂塾の地獄の日々でとっくに命を散らしていただろう。

 学ランを巧みに振り回し襲い来る数々の矢を叩き落とし、遂に目的地に辿り着いたのだ。

 その目的地とは何か?

 そもそも権藤は何のために駆け出したのか?

 オウゼルに少しでも近づくため、勿論それもあるだろう。

 だがしかし、それだけでは矢の苦手とする射程に入るだけで、これほどの達人ならばそうなっても何とかする術を持っているだろう。

 だからこその目的地。


 あの妙に洗練された動きをしていた賊の持っていたもの。

 そう、槍を手に入れるために!

 そして、権藤が槍を手にして構えた途端に、オウゼルの表情がすっと変わった。

 気だるげに他人を見下した不遜な笑みが消え、命のやり取りの戦場に立つ者の顔に変わった。

 カサカサと言う木の葉の舞う音に混じる、村人のものとも賊のものともつかないうめき声がBGMのように流れ、男二人が静かに対峙する。

 漢気と悪意の決して相容れぬ者同士の戦いが、今始まった!

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