第十八話 陣幕神楽破れたり
振り下ろされる鉄拳。
まるでボーリング球同士でもぶつかったような衝突音。
肉にめり込み、骨がひしゃげるような鈍い音。
アースバインドの魔法が途切れ思考の海を漂っていたガスツが、その意識を現実へと浮上させた先に待っていたのは修羅だった。
権藤が目の前に立っていることに気が付いた瞬間、視界に広がった光景。それは、何度も皮膚が破れ骨が折れ脱臼を繰り返し、まるで岩のように固く鍛え上げられた拳だった。
ぐじゅり....ガスツの顔面にずぶりとめり込んだ拳が、その余韻に浸るかのようにゆっくりと引き抜かれる。
人の顔面とはこのように陥没するものなのか。普段は骨に守られ皮膚に覆われその形を成している人間の顔面という構造体が、ひとたびその耐久を超える衝撃と出くわしたならば、このような形に変貌してしまうのか。
それまで拳によって堰き止められていた鮮血が、まるで噴水か芸者の水芸のごとく飛び出すはずだったが、その経路である鼻がぐんにゃりと曲がったことで、ピューピューだとかピュルピュルだとか、情けなく漏れ出るように這い出ていくだけであった。
場が静まる。
賊も、そして仲間であるナントの村の村人も。
唯一声を上げるのは、倒れてピクピクと痙攣しながらうめき声をあげるガスツのみ。
「てめぇら.....まだやるか?」
倒れるガスツに背を向け、押し黙る残党に問う低くドスの利いた声。
そこに慈悲はない。
命が惜しいのならばこのまま武器を捨てて遁走すればよろしい。
しかし、こいつらにもそうはいかない理由がある。
読者諸氏は覚えているだろうか?ガスツの放った「お頭が来る」という一言を。
それまでニヤつき粘ついた笑みを浮かべていた者たちが、一瞬で顔面蒼白になり必死の形相になったあの一言を。
いま押し黙っている賊どもは権藤だけに恐怖しているのではない。
「お頭が来る」、ただその一点を遙かに恐れているのだ。
(....なんだぁ?こいつら一体何をそんなにビビッてやがるんだ?)
自分に向けられた恐怖ではない、何か別のものに向けられた恐怖。
その正体に全く見当もつかない権藤は、次の一手に迷っていた。
行くこともできず退くこともできず、ぐずぐずと淀んだ空気が折り重なる。
その時、雨が降った。
大粒の雨が降った。
賊も村人も権藤も濡らす雨が降り注いだ。
矢の雨が降った。
「なにぃ!!これは!!」
降り注ぐ矢の雨の影と、ヒューヒューという風切り音。
それで気が付いた。
何とか気づくことができた。
こんな量の矢を放てるような人数はいなかったはず。
天を覆うほどの矢を放てるような陣形を組める状況ではなかったはず。
苦虫を噛み潰すとはまさにこのこと。
馬鹿だ。
馬鹿だった。
散々警戒しておいてこのザマ。
スキル。
間違いなくスキルの仕業。
そうでなければ説明がつかない。
そうでなければこの矢の雨はあり得ない。
「ティルクー!!トノイー!!隠れろぉぉぉぉ!!」
響き渡る絶叫。
声が裏返り、悲痛が滲む。
降り注ぐ雨を凌げるのは傘を持つ者。陣幕神楽という傘を持つ権藤は、この雨に多少は打たれはするだろう。
しかし全身ずぶぬれになるわけではない。
ならば他はどうか?
無理である。
雨を凌ぐ傘も持たずに土砂降りの中を突っ立っていれば、頭の先から足の爪の先までぐっしょりと濡れてしまうのは、火に触れれば熱いと感じるのと同じくらい当然のこと。
必死の声が届いたのかを確認する暇すら与えられず、迫る矢の雨。
まるで黒い獅子舞か暴風のように振り回される学ラン。
しかし、その暴風の隙間を縫うように矢が襲い来る。
頬を掠め、肩に刺さり、わき腹を切り裂き、足に刺さる。
先刻の賊たちの一斉射とは数段、いや何段も役者の違うこの強弓。
じりじりと増えていく矢傷に耐える。
この豪雨が降りやむのを、ただ耐える。
「おいおいおいおいおい.....俺は言ったよなぁ?お使い頼んだぜってよぉ。それなのに、だぁれも全然帰ってこねえぇんだから心配しちまうよなぁ?何かあったんじゃねえかってよぉ?それが親心ってもんだろう?わかるよなぁ?」
雨が止み、晴れた空に響く、面倒だという感情を全く隠しもしない気だるげな声。
引き締まったしなやかな体。
まるで海外のロックスターのように長く伸びた髪。
馬上から、他人を見下すような少し垂れた目。
「か....頭ぁ」
矢の雨に打たれ腹にも肩にも矢を食い込ませた賊が、ふぅふぅと短い息を吐きながら、懇願するように、命乞いをするように震える手を伸ばす。
死んだ。
撃たれて死んだ。
矢で射られて死んだ。
伸ばした手が、ばたりと落ちた。
眉と眉の間の距離をまるで定規で測ったかのような正確さで、そのちょうど真ん中を矢で射られて死んだ。
「俺はお使いを頼んだって言っただろうがぁ!!無駄飯食らいは要らんよなぁ!!」
さらに!!
脳からの指令を失い糸の切れた操り人形のように重力に身を任せ倒れようとした体を、まるで昆虫標本の針で縫い付けるかの如く、地面に落ちるまでの間に何本も打ち込んだではないか!
その的となった体は生け花のように頭蓋に何本もの矢が突き刺さり、砕けた骨の支えを失った脳みそが、矢の重さに耐えきれずどろりとまろび出る。
このコンマ数秒の間にいともたやすく行われたおぞましき達人の技。
なんと冷酷な男なのか、なんと残虐な男なのか。
無抵抗の人間ですらなく、既にこと切れた死体に向かって執拗に弓を射るなど。
矜持も漢気も感じるような手合いではない。
「.....ふぅん、スッとしたぜ。やっぱり感情ってのは溜めちゃいけねぇなぁ。戦場だと頭に血が上った時ってのが一番ヤバいんだぜ?知ってるか?そこの坊や?」
「.....ああ、てめえがクソ野郎ってことだけははっきりわかったぜ」
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