第6話 組織と矜持

 ざぁっと、まるで怪鳥がその翼を広げるように、ドルドイが手を挙げただけで一列に並んでいた兵士たちが左右に分かれ、権藤を取り囲んだ。


 一部の隙もない、反復し、訓練された、プロの動き。


 まるで時計の針のように、取り囲んだ権藤へ、その磨かれた剣の切っ先を向ける。


 右回りへゆっくりと回りながら、ジリジリと、まるで真綿で首を締めるように、その円を狭めてゆく。


「あぁ....あれでは、逃げようがない....」

「ありゃあ本物の兵士たちだ....」

「騎士団が相手じゃあ無理だ....」


 一瞬の希望が打ち砕かれ、膝をつき、頭を垂れた村人たちに再び絶望が訪れる。


 その時、一人の少年が駆け出した。


 手に小さなナイフを握って。


「な、何をするか貴様ぁ!」


 エンゲスの金切り声の悲鳴が上がる。


 しかし、その非力な白刃は、ドルドイという巨大な壁に、その薄い体と共に、いとも容易く弾かれた。


「小僧、我らが上官に手を出そうとするとは、如何に子供といえど、覚悟は出来ているな?」


 均衡が崩れた。


 視線の先で繰り広げられた光景に、権藤の意識が逸れた。


 その隙を見逃さず、取り囲んだ兵士たちが一斉にその白刃を突き立てる。


 肉が切れる音がした。


 血が飛沫となって舞い上がった。


 兵士たちの血が。


 何故か!?


 円の中心にいたはずの権藤資隆。


 その円の中心に姿がない。


 そこに立っていたのは、茶柱のようにむくりと立つ一本の槍。


 そして、その天辺に居た。


 槍を地面に突き立て逆立ちをしている権藤が。


「な、なにぃ!! なんだ! 奴の動きは!!」


「逃げ道なんてのは前や後ろだけなんかじゃあねぇんだぜ? これぞ! 権藤流合戦術  槍天翔!」


 均衡が崩れた。


 再び。


 あり得ぬ動き、確かにその切っ先を突き立てたはずが、仲間を斬っていた。


 その動揺を最小限に押し留め、切り替える。

 再び陣形を組み、取り囲もうとする。


 が、出来ない。


 一瞬の隙を突き、歪んだ円を抜け、手に持った槍をまるで鞭のように繰り出す早業。


 組む前に、陣形をいとも容易く阻まれる。


 その猛攻に、一人倒れ、二人倒れ、既に七人。


 十人からなる訓練された兵士たちが、たった一人を相手に、三人しか残っていない。


 あり得ぬこと、あってはならぬこと、しかし、それが今、目の前で起きている。


 想定外、予想外の事に、残った兵士も距離を保ち身構える。

 指揮官であるドルドイの指示を仰ぐようにチラリと視線を送る。


 再び、手が上がった。


 撤退。


 下がれ、その合図。


 視線を保ったまま、目の前の野獣を睨んだまま、後ずさりをしていく。


 そうして、撤退が完了し、ドルドイが前に出ようとしたその時、高らかに甲高い声が上がった。


「貴様! この小僧がどうなってもよいのか!!」


「なにぃ!!」


 過剰な装飾の施されたエンゲスの持つサーベルの先には、ナイフを持って駆け出した少年が、跪き怯えた表情で捕えられていた。


「この小僧は無謀にも、王国徴税官であるこの私を暗殺しようとした大罪人!! その罪、万死に値する!!」


 その無慈悲な宣告に、村人たちから次々と、悲嘆にくれる声、赦しを請う声、激怒する声、悲喜こもごもの抗議の声が上がる。


「黙れ! 本来であれば即刻死刑に処し、村人ともども連座とするところだが、寛大な私の恩情により、貴様の命だけで見逃してやろうではないか!!」


 卑劣!

 余りにも卑劣!!


 この卑劣極まりない策に、前を行くドルドイの額に一筋の血管が浮かび、拳に力がこもる。


 少年の罪は明白。

 あの得体の知れぬ風体の男の罪も明白。

 しかし、それを裁く法は別。

 男に勝てぬから弱者を人質にし、命を差し出せと言うのでは道理が通らない。


 まさに権藤へ向かおうとしたその足を、くるりと反転させ少年の赤みがかった頬にサーベルを突き付けていたエンゲスへと向き、片膝をつく。


 権藤にも勝るとも劣らない体躯で片膝をつくドルドイ、色白で華奢な、服に仕込んだ肩パットが悪目立ちをするエンゲス。

 果たしてどちらが上なのか。


「な、なんだ! 貴様、何か文句でもあるのか!!」


「エンゲス様、おっしゃること、まことにその通りにございます。この少年もあの男も、断罪されるべき行いです。しかし、職務を邪魔され歯が立たずに人質を取ったとなれば、今度は我らが王国騎士団の面子が立ちませぬ。ここはひとつ、私めに預けてはいただけないでしょうか?」


「ぐ、ぬぅ…」


 反逆、謀反、命令違反、ではない。

 彼らは徴税官の護衛を、あくまで王国騎士団の任務として行っているだけである。

 身分に開きのある民兵たちと違って、その属する組織はエンゲスなどよりも遙かに格上。

 その権威と武力を笠に着て振舞っていたのだ。

 その面子を潰すなど、小心者に出来ようはずもない。


「…よかろう!! ただし、あの男を必ず殺せ!!」


「はっ」


 上官からの指示が出た。

 これで大義名分が出来た。


「おい、三文芝居はやっと終わったか?」


「ふふっ、退屈させて済まなかったな。詫びにその減らず口、すぐに閉じさせてやろう」


 男二人が向き合った。

 死闘が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る