第二章:三皇子府に転がり込む花婿、波乱に転ぶ!?

第11話 同衾三日目、義父上ご機嫌よう?

 秋音シュウイン景澄ケイチョウが宮をあとにしたその日には、すでに皇帝の勅で「三皇子府」の手配が始まっていた。

 ――にもかかわらず、景澄ケイチョウは「毒に当たった」と言い張り、沈家シンけへ転がり込むと、そのまま三日も居座ったのである。


 もちろん毒は受けている。天も地も、そしてここだけの話――あなたと私だけは知っている。景澄ケイチョウの耐毒性、実はとんでもなく高いのである。


 では、なぜ寝台から動こうとしないのか。

 答えは単純明快!沈家には、あの「楚河漢界そがかんかい」がないのだ。


 沈夫人シンふじんは、婿殿が毒に当たって体調を崩したと聞くやいなや、言下に秋音シュウインねやを整えさせ、景澄ケイチョウをそこへ通した。

 「成婚した娘が夫と別の部屋で寝るなんて、言語道断」――それが沈家の家訓らしい。

 結果、二人は沈家にいるあいだ毎晩同衾どうきん。とはいえ掛け布団は別。


 だが、大きな寝台がない以上、楚河漢界なんて存在しない。


 さらに沈夫人は朝昼晩、きっちり三度、秋音シュウインに「看病」の名目で食事を運ばせ、しかも「はい、あーん」と口まで運ぶ徹底ぶり。

 こうして景澄ケイチョウの「療養生活」は、甘く、温かく、そして――なぜか回復がやけに遅いまま、三日目の朝を迎えるのだった。


「これ以上幸せな日があるか!」

 景澄ケイチョウは胸を張って、侍衛・五に向かってそう叫んだ。

 ――ただし本人は知らない。ちょうどその時、秋音シュウインがお粥を手に、部屋の前でこっそり耳を澄ませていたことを。


「ですが殿下、三皇子府はすでに下賜されております。これ以上、仮病を続けるのはさすがにまずいかと!」


「何を言う!これは仮病ではない、養生だ!」

 景澄ケイチョウは少し慌てながらも上体を起こす。


 その姿を戸の隙間から見た秋音シュウインは、思わずお粥を小青シャオチンに押しつけ、拳をぎゅっと握りしめた。


「ですが、新しい府邸の装飾や兵の配属、新府祝いの宴……すべて殿下のご裁可が必要です。」

 五は呆れたように白目をむきつつ、拱手して言葉を続けた。


「だが私は――妻に看病されて、キスもハグもされたいのだ!」

 景澄ケイチョウは自分を抱きしめるように両腕を回し、くねくねと身をよじる。


 五はとうとう顔を背け、額を押さえた。


 一方、秋音シュウインは奥歯を噛みしめ、心の中で叫んだ。

 ――いつ私が彼にキスなんてした!?いつ抱きしめた!?

 せいぜい最初の夜に、毒で汗だくになっていた時、布団をかけ直したくらいじゃないの!!


「殿下……言うべきかどうか迷いましたが――やっぱり言います。」

「五よ。普通『迷いましたが』なんて前置きしたやつは、その先を言わんものだぞ!」


「――殿下、ほどほどになさいませ。でないと、必ずやしっぺ返しが来ますぞ!」

 五はぞっとするような笑みを浮かべて告げた。


 侍衛・五の言葉はまったくの正論だった。

 ――しっぺ返し、ほら来たじゃないか。


 秋音シュウインはぷいっと背を向け、お粥を景澄ケイチョウに渡すこともせず、そのまま小青シャオチンを引き連れて台所へと突進した。


「お、お嬢さま――じゃなくて、皇子妃殿下! いったいどちらへ!?」


「小青、そのお粥を寄こしなさい!」

 秋音シュウインの瞳はきらきら……いや、ギラギラと邪悪な光を帯びていた。


 言われるがままお粥を差し出した小青シャオチンをよそに、秋音シュウインは手をひらりと振って台所の侍女たちを下がらせる。


 そして――

 ざくっ、ざくっ!

 山盛りのパクチーを怒りのままに刻み、どっさりと鍋に投入。

 かき混ぜ、かき混ぜ、さらにかき混ぜ……


「ふふ、いい感じに混ざったわね!」

 パクチーまみれのお粥を見て、満足げに頷く秋音シュウイン


 その粥を精巧な蒸し碗へと移し替える手つきは、なぜか妙に優雅であった。

 小青シャオチンは後ろで震え上がり、一言も声を発することができなかった。


 しばらくして――

 秋音シュウインは食膳を手に、堂々と部屋へ入ってきた。ノックもせずに。

 その瞬間、景澄ケイチョウはびくりと震え、慌てて寝台に横たわり直す。


「け~い~ちょ~う~」

 秋音シュウインはわざと甘えるような声を出し、にっこりと微笑んだ。

景澄ケイチョウ、起きてごはんの時間よ!」


 景澄ケイチョウは目を輝かせ、嬉しそうにくるりと身を翻してゆっくりと起き上がった。

「秋音が来てくれたんだね。わざわざ運んでくれてありがとう。」


「いいのよ。私はあなたの妻なんだから、それくらい当然でしょ!」


 そう言った瞬間、景澄ケイチョウの頬は一気に真っ赤になった。


 秋音シュウインは寝台のそばに腰を下ろし、お粥の蓋をぱかりと開ける。

 ――ぶわっと広がるのは、圧倒的なパクチーの香り。


 景澄ケイチョウは顔をひきつらせ、青ざめた。

「秋音……私、パクチーは苦手なんだ!」


「パクチーはね、消化を助けて排毒にも効くの。体にいいんだから〜」

 秋音シュウインはにっこりと微笑んだまま、内心の怒りをぐっと押し殺す。


「でも……秋音、ほんとにパクチー嫌いなんだよ……」

 景澄ケイチョウは怯えたように声を小さくして、甘えるように訴えた。


 秋音シュウインは容赦なく、スプーンで粥をすくい上げ、ふうふうと息を吹きかけた。

「はい、あーん。私が食べさせてあげるのよ。それでも食べないって言うの~?私、好き嫌いする男は嫌いなんだよ!」


 景澄ケイチョウは迷いに迷った末、目をぎゅっとつぶり、まるで死地に赴くような覚悟で口に運んだ。  

 次の瞬間、全身をぶるぶる震わせ、体をくねらせながら今にも吐き出しそうになる。


 秋音シュウインは容赦なく二口目を差し出す。  

 景澄ケイチョウはまた食べ、またぶるぶる、ぎゅっと目をつむって顔をしかめる。  


 三口目。  

 ついには涙目になりながら、景澄ケイチョウはどうにか飲み込んだ。  

 そこで秋音シュウインはすっと手を引き、スプーンを彼の手に押しつける。


 景澄ケイチョウは顔を上げた。

「秋音……もう食べさせてくれないの?」  


 秋音シュウインは膳を彼の膝に置き、立ち上がってにっこり笑う。

「もう少ししか残ってないでしょ?あとは自分で食べなさい。私はここでちゃんと見てるから~」


 景澄ケイチョウは目をつぶり、慌ててあっという間に食べ終えると、ぱっと顔を上げ、きらきらの瞳で「ほめてほめて!」とばかりに秋音シュウインを見つめた。


 だが秋音シュウインはすっと身をかがめる。

 景澄ケイチョウの心臓はどきどき、期待で今にも爆発しそう――まさか、これはキス!?


 しかし次の瞬間。

 秋音シュウインは彼の枕をぐいっと引き抜き、そのままごんごんと頭を叩いた。

「まだとぼけるつもり!?一日ごまかすなら、その一日三食ぜんぶにパクチー入れてやるから!」

 そう言い捨てると、ぷんすか怒りながら部屋を出ていった。


 景澄ケイチョウは慌てて膳を横に置き、ばっと飛び起きて追いかけようとした。

 ――だが次の瞬間、二人の視線が同時に上へ。

 そこに立っていたのは、ぷんすか怒った顔で大きな目をぎろりと光らせる沈夫人シンふじん

 その後ろには、呆然とした表情の沈尚書シンしょうしょ

 二人して目を見開き、思わず「ひっ」と息を呑んだ。


 沈夫人シンふじん――澄んだ瞳と整った歯並び、肌は白磁のように白くはなく、健康的な小麦色。その凛とした美しさは、ただそこに立っているだけで場を支配するほどだった。二人(景澄ケイチョウ秋音シュウイン)が口を開こうとしたその瞬間、沈夫人は右手の絹のハンカチをすっと持ち上げ、軽く振って制した。


「殿下はここでしっかりお休みくださいませ。旦那さまにはきっと殿下と話すべき要件がありましょう。  

 ――それから秋音。あなたはもう嫁いだ身、母としては会いたくてたまらなかったのです。ただ、この三日間は殿下の看病に追われてゆっくり話す暇もなかったでしょう。さあ、私と一緒に来なさい。」  


 終始にこやかな笑顔。だがその場にいた沈尚書シンしょうしょ秋音シュウイン、そして景澄ケイチョウの三人は、背筋にぞわりと冷たいものを感じていた。  

 梁の上に潜んでいた侍衛・二と、窓の外の木にいた侍衛・三も。  

 ふたり同時に「やばっ」と気づいたかのように、気配をすっと消してその場から姿を消した。


 秋音シュウインは振り返って景澄ケイチョウをぎろりとにらみつけ、そのまま母に連れられて出て行った。

 残されたのは、景澄と沈尚書シンしょうしょ。ふたり、気まずく大きな目でにらめっこ。

「……義父上ぎふじょう、ご機嫌よう。」

「……殿下も、ご機嫌よう。」


 ーーーーーーー

 ミニ後書き:

 三連休ですね!みなさんに楽しい時間がありますように✨

 今日から4夜連続でお届けするのは、ぜんぶ甘々ストーリー💖 思いきり糖分補給してくださいね🍭🍬

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