第5話
「じゃ、お前はベッドで寝ろよ。俺はこっちのソファーにするから」
「だめだよ。雅史こそベッドにしてよ。わたしがソファーで寝るから」
当たり前だがここはラブホなのでベッドは部屋の中央にクイーンサイズくらいのやつが一つだけ。
どちらかがソファーで寝ないとならないのは明白だが、ここは男の俺がソファーを選ぶのが既定だろうと思う。こうなった原因は真希だけど、そういうのはこの際関係ない。
二人してどっちがソファーにするかで言い合ったが、既に深夜なので頭も回らず意味わからない理由のこじつけ合いしかしていない。
「なら一緒にベッドで寝ようよ」
「それこそだめだろ?」
「なんで? 広いし大丈夫だよ。雅史がベッドで寝ないならわたしは床で寝る」
「…………ああ、もうっ。わかったよ、俺もベッドで寝るわ。くっついてくんなよ」
「……当たり前でしょ」
おかしな間を開けるのはよしてくれ。とにかく腹が満足したからすぐにでも寝たいんだよ。
こんな変な場所で言い争いなんてしている場合じゃないと思う。もうなんでもいいや。寝る。風呂もさっき見たら、平常心で入れるような感じじゃなかったので無しとする。
俺がもそもそと布団に潜り込むと、後から真希も入ってくる。なんとも妙な感覚だけど、今日一日の疲れがどっと出てあっという間に眠りに落ちていった。
朝方、目が覚めると体が自由に動かないことに気づく。右腕はなんか重いししびれているような感覚がある。身体はなんというか、縛りつけられているといったような変な感じで動きづらい。
いわゆるこれが金縛りってやつなのか? にしては左手は普通に動かせる。はて?
唯一自由になる左手でベッドの頭の方にあるやたらとスイッチだらけのコントロールパネルをいじる。
(確か照度のコントロールをするレバーがあったはずだよな)
下手なスイッチを押すと、音楽が流れ出したり、テレビがついてしまったりする。昨夜間違ってテレビのスイッチを押してしまったらやたらと『アンアン』言っているビデオが流れて非常に気まずくなった経験をした。
故にボタンを押すタイプのスイッチ類には触らないようにしてダウンライトの照度レバーだけをスライドさせることにしたんだ。
感覚的にもう朝なのに部屋が真っ暗なのが悪いのだけど、たぶんこういう部屋はそういった造りをしているのだろう。雰囲気づくりとでも言うのだろうか。
「……どうでもいいや。えっと、このレバーだったよな」
全灯だとさすがに眩しいかもだから半分弱までレバーを上げることにした。
「あ……ちょっとこれは……」
腕がしびれていたり身体が金縛りになっているわけが判明した。
俺は真希に腕枕しているし、真希は真希で俺にがっちりしがみついて寝ている。通りで動けないわけだ。
などと冷静に現況を確認できているだけ俺のことを褒めてほしい。大騒ぎしても仕方ない状況だが、真希も相当疲れているのだろうという考えがちょっとばかり過ったおかげで少し身震いしただけで済ませたんだ。
7年も共に過ごしてきてここまで真希とくっついたことなんて初めてだ。ガキの頃ならまだしも、あれもこれもが成長した今じゃ、猛毒以外の何物でもない。まじ、こんなときなのに疚しいことしか頭に浮かんでこやしない。
「こいつはいもうと。こいつはいもうと。こいつはいもうと。こいつはいもうと……」
念仏のように唱えてから真希をそっと引き離す。すごく勿体ない気がしたけど、間違いなくこいつはいもうとなので、これ以上はよろしくない事くらいは俺にもわかっている。くっそ、風呂にも入っていないのになんでこんなにいい匂いなんだよ。
「う、ううん……。アレ? どこだ、ここ」
「おはよう。起きたか?」
「えっ!? ええっ、なんで雅史がいるのよっ! 寝起きの顔見んなっ」
「おいこら。寝ぼけるんじゃねぇ……ったくよぉ」
「……ん、そうだった。ごめん」
真希が俺に抱きついて寝ていたことは俺だけの秘密にしておく。せっかく普通に会話できるくらいになったというのに余計なことを言って元の木阿弥とかイヤすぎるからな。
「まだ早い時間だけど、用意が済んだら帰るからな。スマホも充電終わってるだろ?」
部屋には有料の充電器が備え付けられていたので、2人分の充電もしっかりしておいた。電車に乗るのにいちいち切符を買うのも煩わしいからな。充電無くてもタッチは使えるって言うけどもし使えなかったら恥ずかしいし。
「朝一で母さんにはビジホに泊まったって連絡してあるから話し合わせろよな」
「もちろんだよ。こんなところに雅史と泊まったなんて誰にも言えないって」
そんなところでほんのり頬を染めるな。妙に可愛いじゃねぇかよ。
入口横にある精算機に金を入れると扉の施錠が解かれた。支払わないと閉じ込められるシステムだったんだな。ある意味怖いな。
外に出るとまだ日は昇りきっていないがたしかに朝だった。まだ通勤の時間には早いみたいで、駅までの道すがらも思いの外空いている。
「帰ったら、学校もちゃんと行けよ。遅刻してもなんでも」
「わかってる。パパにこれ以上は心配かけちゃ駄目だもんね」
真希がなんで家出をしたのかは聞かなかった。聞いてもしょうがない気がしたからだ。人の気持ちなんて複雑でもしかしたら真希自身も理由なんてわかってないかもしれんしな。
これの日から2週間後。お義父さんは逝ってしまう。
俺と真希が並んで見舞いに行くようになって、心配そうな顔は安心したように穏やかになっていったのが印象的だった。
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