第22話 アモリア島③

「ちなみに、こっからのプランは?」


 海羽はシビルバンドで天気図を見る。


「あと十五分でまた嵐が来る。そしたら向こうも簡単には追ってこれないはず」

「十五分は結構長いね……。海羽も全力疾走ってわけにもいかないしね」


 ヒカリは口にしながら周囲を見渡す。海羽達に気づいた久我達がこちらに向かって来る。


「あいつらを捕まえろっ! 絶対に逃すなっ!」

「ホテルの方に逃げようっ! 屋外は視界が開けて、不利すぎるっ!」

「ちょっと試したいことがあるから、先にホテルに向かってもらえるっ?」


 ヒカリの言葉を海羽は信じることにする。


「分かった。でも気をつけてねっ」


 海羽は喘息発作を起こさないように、ゆっくりとしたスピードでホテルに駆ける。

 ヒカリは海沿いを走り、船から荷物を引き上げてる途中のクレーン車に乗り込んだ。


「前に動画見たけど、確かラジコンで操作できるんだよね」


 車にキーが差しっぱなしだったので、エンジンをかけて、助手席にあるラジコンを手に取ると、車から降りた。


「本番一発勝負っ!」


 ヒカリはラジコンを操作し、玉掛けした荷物を、大きく海から離れた位置に移動させると、久我達が近づいてきたタイミングで一気に海側へと真横にスライドさせた。特殊部隊の隊員が四人巻き込まれ、海の中へ落ちる。


「ヨシッ! さすがあたしっ!」


 ヒカリはラジコンを放り投げて、ホテルに向かって全力で走り抜けた。

 海羽がホテルの入り口に着く頃には、ヒカリがすぐ背後にいた。


「海羽っ! 何人か減らしておいたっ!」

「ありがとうっ!」


 ホテルは電力が復旧したらしく、煌々とした明かりに満ちている。だが、大分人気がない。

 海羽がシビルバンドを見ると、午前二時を回っていた。嵐が来るまであと十分。海羽とヒカリは中に入る。


「人が多いところとかないかなっ?」

「クラブとかあるんじゃない? こんなド派手なホテル」


 ヒカリは豪華絢爛なシャンデリを指さしながら口にした。

 海羽がホテルのホームページを調べると、屋内プールが夏はナイトプールとして解放されていると書いてあった。


「プールに行こうっ。そこなら人がたくさんいると思うっ!」


 海羽達はフロアを駆け抜けて、屋内プールへと向かう。プールは照明が落ちていて、ネオンライトだけが光っていて、薄暗い。プールに入らず、談笑している人間も多く、絶好の隠れ蓑だった。


「人混みに紛れながら、あいつらをプールに叩き落としてやろうよっ!」

「そんな上手くいくかなぁ?」

「あたしに良い考えがあるのっ」


 そう言いながら、ヒカリは監視員が使うメガホンを拝借した。

 プールの入り口の死角に身を隠していると、久我達が入ってきた。久我が何かを指示し、部隊員が四方に散る。

 彼らが観光客を調べ始めたタイミングでヒカリがメガホンを使って、プール中に声を響かす。


「変な格好の盗撮犯がいまーすっ! プールに突き落としてカメラを壊してくださーいっ!」


 すると、観光客達は反射的に部隊員をプールに突き落とし始めた。部隊員たちが悲鳴を上げ、あちこちでドボンッと派手な音がする。

 自分達が捕まるかどうかの瀬戸際だというのに、海羽は思わず吹き出しそうになった。


「五人やっつけたねっ! 移動しようっ!」

「ヒカリちゃんって本当に大胆だよね」


 海羽達はプールから飛び出した。久我と生き延びた部隊員が一人追いかけてくる。

 海羽はシビルバンドを見る。


「嵐が来るまであと五分っ!」

「海羽。あたしの我儘に付き合ってもらえない?」


 海羽はヒカリを見る。その瞳は真剣なものだった。


「いいよっ。とことん付き合うっ!」

「ありがとうっ。じゃあ、ホテルを出たら、久我と正面から対決しようっ!」

「えぇっ? 本気っ?」

「やられっぱなしはあたしのスタイルじゃないのっ。あいつにはガツンと言ってやらないとっ!」

「分かったっ!」


 海羽達はホテルから出て、海岸に接近する。強い風が吹き始め、嵐が近づいてることがわかる。

 久我と部隊員が海羽達の前に現れる。


「九条ヒカリッ! 遠野海羽っ! お前たちだけは絶対に許さんっ! お前たちはテロリストだっ! 特に九条っ! 貴様は9999というスコアの寵児でありながらっ!」


 久我が叫ぶ。


「あたしだって、あんたを許さないっ! あたしの覚悟を見せてやるっ!」


 そう言ってヒカリは横を向いて、悲しげに俯く。海羽はその動作を見て、猛烈に嫌な予感がした。


「あたし、パンの耳に恋してるんだよね……」


 久我と部隊員が硬直する。久我の眉はわなわなと震え、瞳が混乱を物語っていた。まるで久我の脳内のコンピューターがフリーズしたかのようだ。


「ヒカリちゃん……? なんでこのタイミングで……?」


 ヒカリは海羽を見るとニッコリ笑う。


「日常で受けないギャグは、非日常だと爆笑できるかなって。どうだった?」

「そもそもギャグをやるタイミングじゃなかったよっ?」

「九条ヒカリ……。今のはなんだ?」


 ようやく久我のフリーズが解除されたが、困惑は解消されてないらしい。


「スコアが9999とか関係ないっ。これがあたしっ! 笑いのセンスがないのに、それでも必死にギャグをやるのが九条ヒカリなのっ!」

「理解できん……。いや、この国に仇なすようなことを考えるやつを理解しようとしたのがそもそも間違いだったのだ。こんなくだらぬ冗談で制度を変えられると思うなよ?」

「どやぁ」

「ヒカリちゃん。全然ドヤ顔するタイミングじゃないから」

「もういい。二人を逮捕しろ」


 久我が部隊員に命令すると、部隊員がゆっくりと近づいてきた。


「女子高生相手に武器持ちなんてビビってんのか? 武器なんて捨ててかかってこいよチキンッ!」


 ヒカリの挑発で、部隊員は武装を全てパージする。


「クソガキッ! 武装なんて使わなくてもお前を捕まえるのなんて簡単なんだぞっ!」


 部隊員がダッシュしてヒカリに一瞬で詰め寄る。両手を伸ばして、ヒカリの上半身を掴もうとした瞬間。ヒカリが男の股間を思いっきり蹴り上げた。


「グッ……。うぅ……」


 男は両腕で股間を押さえ、倒れ込んだ。


「あたし、モデルやってるくらい足が長くて。ごめんねぇ」


 久我が一瞬後ずさる。今がチャンスだ。

 海羽はスカートのポケットから発作治療薬を取り出すと、薬を振りながら、久我に近づく。

 久我が海羽に気づいた瞬間、海羽は薬を久我の目に吹きつけた。


「グオッ!」


 久我は思わずその場に跪き、両手で目を擦る。


「遠野海羽っ! 貴様っ!」

「安心してください。失明したりはしませんから」


 久我は両手でこぶしを作ると、地面に叩きつけた。


「貴様たちは何なんだっ? 何が不満で制度に異を唱えるっ? 何がそこまで駆り立てるっ? 貴様たちの関係はなんだっ? スコアの高い人間と低い人間が一緒になってっ! 貴様たちは同性愛者なのかっ? そうだ、それ以外に説明がつかないっ! そうなんだろうっ! だからこんなことをしたのかっ!」


 久我の掠れた視界に海羽とヒカリがぼんやりと映る。二人の表情はよく見えない。


「この感情に」

「名前なんてないです」


 上空で雷鳴が大きく響き、久我の心臓を震わせた。

 そう言って、二人は久我の前から走り去った。豪雨が降り始め、突風が吹き荒れる。一瞬にして二人の姿は久我の視界から消えた。


「名前がないだと……。ふざけるな……。ふざけるなよっ! そんなものを認めたら……。我々が築いてきた秩序はどうなるというんだっ!」


 久我の咆哮は嵐にかき消され、二人に届くことはなかった。

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