第21話 アモリア島②

「解除したぞっ!」


 玲奈のシビルバンドから早瀬の雄叫びが聞こえる。

 ヒカリがシビルバンドを確認すると、通信機能が回復していた。スコアを表示させると、【9999】と表示されている。


「悠真っ。ありがとうっ!」


 海羽は案内してくれた女性に話しかける。


「スコアどうなってますかっ?」


 女性の体は震え、涙をこぼす。


「スコアが。スコアがあります……」

「久我さんが本島から向かってきてますっ! 急いで脱出しないとっ!」

「ここにいる人たちを説得しなきゃ」

「あたしも手伝うっ!」

「ダメだ」


 桐谷の言葉が弛緩した空気を鋭く裂いた。


「どうしてですかっ? 久我さんが来るまで三十分もないですよっ?」

「凍結プログラムを破壊しない限り、どこへ逃げてもいずれ捕まる。またスコアを凍結されるぞ」

「でもプログラムを書き換える時間はないって悠真がっ!」

「サーバーを物理的に破壊する。ここのサーバーを壊せば、凍結システムは消滅する」


 海羽は目の前の筐体の数を見る。ざっと五十以上の無機質な筐体が並列に置かれていて、冷却ファンの音が鳴っている。

 三十分以内にこの数を壊すなんて、とてもじゃないけど無理だ……。


「これを壊す時間なんて」

「あの……。壊すのって電気でもいいんですか?」


 女性が口を開いた。


「かなりの電力が必要になるがな」

「この上には、ラグジュアリー・ホテルがあるんです。その電力を使えたりしませんか?」


 桐谷は腕を組んで考える。


「電力制御システムに介在できるなら可能だ。場所はわかるか?」

「すみません……。そこまでは……」


 女性が俯く。


「他の人が知ってるかもしれませんっ。戻りましょうっ」


 海羽の言葉に皆が頷く。

 凍結者達が集まっていた場所に戻ると、どよめきが起きていた。中には泣いている人もいる。


「あんたたち、本当にスコアを戻してくれたのかっ」

「ありがとう。ありがとう」

「皆さん、喜ぶのはまだ早いです。ここに行動監理官が向かってきてます。それに、もう二度と、誰もスコアを凍結されないためにサーバーを壊す必要がありますっ!」


 一瞬にして、場の空気が冷え込む。


「やっぱり、ここから逃げるなんて無理なのよ」

「諦めないでくださいっ! 電力制御システムの場所を知ってる人はいませんかっ? それが分かれば、まだチャンスはありますっ!」

「多分あそこだと思う」


 若い男性が言葉を発する。


「黒川さんと桐谷さんはサーバーの破壊をお願いしますっ! ヒカリちゃんはホテルに行ってもらえるっ?」

「ホテル? どうして?」

「電源が落ちたら、きっとこっちに確かめに来る。その人達を足止めをして欲しいの」

「合点承知っ! ヒカリちゃんのトークスキルは伊達じゃないよっ!」

「悠真くん聞こえる?」


 玲奈のシビルバンドに向かって話しかけると、早瀬から応答がある。


「どうした?」

「ここにいる人達の脱出方法を探して欲しいの。多分、本島と結ぶ客船があるはず」

「わかったっ!」


 海羽は目の前にいる人達を見やる。牢屋から出て、凍結も解除されたというのに、まだ檻の中に囚われているようだ。彼らの瞳に、希望の芽は出ていない。彼らの心をシステムから解放しなければ。


 *


 電力制御システムを桐谷が操作する。バーチャルキーボードを叩く指はもたついており、玲奈はイライラしてしまう。


「お爺さんっ。早く早くっ!」

「これでも急いでるっ!」


 桐谷は発電機の電力をサーバーに一極集中させるようプログラムを書き換え、実行する。

 一瞬、地下が真っ暗になり、耳が痛くなるほどの静寂が襲った。

次の瞬間、激しい爆発音が遠くから聞こえた。建物が大きく振動する。


「……サーバーは破壊したぞっ!」


 桐谷の声が響き渡った。


 *


 地下施設が大きく揺れたことで、海羽はよろめいて壁に手をつく。

 ヒカリはホテルが停電したタイミングで、ホールに躍り出た。あちこちから混乱の声が聞こえる。非常電源に切り替わり、ヒカリが立っている場所の真上がスポットライトのように光った。


「あんた達に話があるっ!」


 従業員を含め、その場にいる全員の視線がヒカリに釘付けになった。

 地下にいる海羽は、目の前にいる人達に向かって声を発した。


「皆さんに聞いて欲しい話があります」


 二人は別々の場所で同時に話し始めた。


「あたしのスコアは9999で、何一つ不自由なく生活してきた」

「私はスコアが低くて、お母さんから高いスコアを取るよう育てられてきました」

「だけど、ずっと心のどっかで虚しさを感じてた」

「ずっと、高いスコアを取ることが正しい生き方なのか分からなかった」

「そんな時、スコアに囚われていない子に出会ったの」

「最近、スコアの寵児とも言える人に出会いました」


 海羽とヒカリは周囲を見渡す。


「あたし達は旅に出た」

「その子と、スコアの外側にあるものを探しに行きました」

「色々な人に出会った。制度の信奉者。制度を嫌う人」

「素敵な景色。制度が生まれる前から大切な人を愛し続けた人」

「旅の中でケンカもした」

「そして知りました。時には本音をぶつけ合うことも大事だって」

「それでね。スコアが凍結されて気づいたの。周りがあたしのスコアしか見ていないのがイヤだったはずなのに、誰よりもあたし自身が自分のことをスコアでしか見ていなかった」

「この世界で数値化できるものなんて本当にごく僅かなんだって」

「でも、スコアなんてなくたって、あたしはあたしなんだって。九条ヒカリなんだって教えてくれたの」

「だからスコアが低いことなんてもう気にしません。だって私は私だから」

「あんた達だってそうなんだよ?」

「あなた達も同じです」

「だから」

「一緒に」

「こんなつまんない場所にいないでさ」

「こんな酷い場所に囚われていないで」

「スコアなんて関係なしに生きようよっ!」

「スコアなんて関係なく行きましょうっ!」

「「だって、あなたは世界に一人だけなんだからっ!」」


 地下の群衆が咆哮する。拍手をしたり、喝采をあげたりしている様子を見て、海羽は自分の言葉が届いたことに安堵する。

 一方、ホテルの従業員や客は、黙ってヒカリから視線を逸らした。まるで見てはいけないものを見たかのように振る舞う姿に、ヒカリは苦笑して、右手で後頭部をさする。


「大人を説得するって難しー」


 海羽の元に玲奈と桐谷が戻ってくる。玲奈がシビルバンドを海羽に近づける。


「悠真さんが話があるそうです」

「悠真くんっ? 脱出方法見つかったっ?」

「ああ。客船が一隻、港に接岸してる。すでにコントロールシステムを乗っ取ったから、嵐だろうと快適な船旅を保証するぜ?」

「ありがとうっ! 黒川さんっ。久我は今どこにっ?」


 玲奈はシビルバンドで久我の位置を捕捉する。


「ああっ! もうアモリア島に着いてますっ!」

「私が囮になりますっ。ヒカリちゃんと合流しなくちゃいけないし、どっちみち皆さんと別行動を取る必要があるのでっ」

「捕まったら終わりだぞ」


 桐谷の言葉には海羽を案じる色が滲んでいた。


「必ず逃げ切ります」

「……お前達が収穫してくれたトマトはトマトベリーという品種で、糖度がスイカ並みなんだ。食べたことはあるか?」

「ないです。そんな甘いトマトがあるんですね」

「必ず食べに来い。俺が育てたトマトベリーは一際美味いぞ」


 海羽は笑顔を溢した。


「はいっ。必ずっ」

「海羽さん、お気をつけてっ」

「黒川さん達もっ」


 海羽は階段を駆け上がりながら、ヒカリに電話をかけた。


「海羽っ? そっちはっ?」

「うまく行ったよっ! ヒカリちゃんはっ?」

「足止めだけはなんとかって感じ……。この後の流れは?」

「久我がもうこっちに来てるのっ! それで私は囮になることにしたっ!」

「ならあたしも囮になるっ!」

「いいの?」

「囮は派手じゃなきゃ意味がないからねっ! 一等星のようにキラッキラに輝いてみせるよっ!」

「分かった。じゃあ、ホテルの玄関で待ち合わせしようっ!」

「らじゃーっ!」


 海羽は非常用扉のノブに手をかける。電源が落ちているおかげで、セキュリティがかかっていない。ドアを開けると、潮風が頬を撫でつけた。台風の目に入っているのか、雨は降っていない。まるで数日ぶりに外出したような気分だった。

 周囲を見渡し、ホテルの裏口だと気づく。周囲を警戒しながら、玄関へと向かい、ヒカリと合流した。


「港の方に急ごう。みんなを逃さないとっ」

「わかったっ!」


 そして二人は、港に向かって駆け出した。

 チラリと海を見る。海面は凪いでいるが、海羽の心は不安と緊張で荒立っていた。今の自分達は政府の重要施設を壊した犯罪者だ。絶対に捕まるわけにはいかない。

 玲奈達と交差する。皆が口々に海羽達に礼を言う。

 そして、久我達が視界に入った。久我を含めて十人はいる。海羽達は立ち止まり、息を整える。

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