31 地龍との交渉と死乃道 そしてたどり着いた地

 ――時は少しさかのぼる


 地龍に呑まれた剣奈である。剣奈を呑んだ地龍に白蛇が口を開いた。


 भूमि-नाग महा-बल, क्षिति-नाडिीनाम् पतिः।

 अहम् श्वेत-नागः, सलिल-प्रभुर् महान् दीप्त-श्वेतः।


 आत्मनो नाम्ना च ते पृच्छामि—

 गौ-दुहित्री या अत्यन्त-विमार्गगता,

 यस्या आत्मा तमसि गुहायाम् बद्धा-स्था!


 यदि ते ज्ञानं विद्यते, तत्त् मे वद,

 यदि प्रार्थितस्याः मे संवादम् दास्यसि,

 तदा दुष्ट-दोष-संवृतताम् गुहाम् शुद्धिं करिष्यामि!


 एषा मम संविदः प्रतिज्ञा!

 साध्यम् वा असाध्यम् वा—

 कर्मणैव प्रत्युत्तरं देहि!


 カッ!


 その瞬間、地龍の動きが止まった。剣奈の身体が光り輝いた。空間がズレた。そんな気がした。


 白蛇『邪斬よ!身体を頼んだぞ!』

 

 フッ


 白蛇が消えた。剣奈の肚からもう一本の白黄の結紐が伸びた。


 剣奈の身体は幽世の日原ダンジョンに送り届けられた。玉藻と同じ位相に。そして……


「べぇーーー ばっばび びばばべべ コボゴボゴボ……」


 剣奈は水中にいた。全身が硬く緊縛されていた。水中から蒼い三日月が遠くに見えた。肚が槍で貫かれたように猛烈に痛んだ。


 剣奈は厳しく緊縛される拘束、身体の奥底から湧き上がる死の痛みにあえぎ、悶えた。「篠の道」である。

 

 フワッ


 剣奈は自分の身体が浮いたような気がした。白蛇は黙って剣奈の……、篠の……、きつく縛られた胸の上に鎮座していた。

 

 やがて剣奈の魂が篠の結び目から分岐していった。白蛇は静かに移動する剣奈の魂の後を追った。


「かはっ」


 剣奈が息を吹き返した。


 太陽が照り付けていた。剣奈は倒れていた。巫女の姿で。砂と泥と血にまみれた巫女の姿で……

 

 服はボロボロだった。ちりぢりに無残に破れはてていた。かろうじて……、剣奈の大切な部分を覆い隠していた。


「痛っ。ううううう」


 身体が痛んだ。剣奈は傷だらけだった。血だらけだった。打撲だらけだった。

 顔も、腕も、胸も、腹も、背中も、足も。すべての個所は青く、赤く腫れていた。全身から血がしたたり落ちていた。


 剣奈の周りには……、石が散乱していた。


「無残な姿よのう。篠の道……。どうやら「篠」、「死乃」は……、己が身体を乗り物にして他者の魂を時空を超えて運ぶようじゃの。そして息絶えたばかりの器に……、運んだ魂を放り込む。「篠の道」、「死乃道」、「死路」。そのような「呪詛」らしいの」


 白蛇が痛ましく、そして少しあきれたように言った。


 白蛇は剣奈に近づき、その身体を這い上がっていった。そして。


「カプッ」

「あん」


 白蛇が剣奈の腕に巻き付き、そして噛んだ。


「あ……」


 剣奈の身体から痛みが徐々に和らいでいった。


「以前のぉ。Ἀσκληπιός(アスクレピオス)とか名乗る蛇と知り合うたことがあっての。その時に教えてもらったのじゃよ。癒しの噛みつきをの」


 白蛇がおどけて言った。


「そ、そうなんだ……。ありがと。痛みが軽くなったのは嬉しいよ。でも……、ここどこ?」

「さあ、どこじゃろうの」


 剣奈は立ち上がった。


 ザザァ

 

「スンスン」


 潮騒の音がした。潮の香りがした。青い海と島が見えた。遠くに横たわる長い島が見えた。


 ザザァ


 再び潮騒の音がした。水面が春の光にたよたふて揺れていた。空気は澄んでいた。


「ふぅ」


 剣奈は静かに息をついた。春風が吹いていた。剣奈は遠くに浮かぶ島を見つめていた。

 

「んん?なにやら見覚えのある景色よの。む?まてよ?この地」


 白蛇がつぶやいた。その瞬間だった。


 シュン


「剣奈!」


 異変に白蛇が叫んだ。


 巫女の器から剣奈の魂が剥がれていた。器の身になった巫女は安らかな顔をしていた。安らかな……、死に顔だった……


「ちぃぃ」


 白蛇はあわてて剣奈の後を追った。閉じゆく空間に無理やりその白く細い身体をねじ込んだ。

 そして追った。剣奈の魂の後を……



 


 ――――


*「 भूमि-नाग महा-बल, क्षिति-नाडिीनाम् पतिः। अहम् श्वेत-नागः, सलिल-प्रभुर् महान् दीप्त-श्वेतः। आत्मनो नाम्ना च ते पृच्छामि— गौ-दुहित्री या अत्यन्त- मार्गगता, यस्या आत्मा तमसि गुहायाम् बद्धा-स्था! 

यदि ते ज्ञानं विद्यते, तत्त् मे वद, यदि प्रार्थितस्याः मे संवादम् दास्यसि, तदा दुष्ट-दोष-संवृतताम् गुहाम् शुद्धिं करिष्यामि! 

एषा मम संविदः प्रतिज्ञा! साध्यम् वा असाध्यम् वा— कर्मणैव प्रत्युत्तरं देहि!」

「日本語訳:地を司る大なる龍よ。我は白龍。水を統べる壮麗なる神の化身なり。わが名をもって汝に問う。迷い消えし牛の娘。その魂、闇の洞に囚われし者なり。もし汝、その所在を識るならば、我に示せ。もし汝、我が求めに応じし時は、我、穢れ満つるこの洞を清め浄めんことを誓う!この約定、今ここに。成るや成らんや。汝の為し行いをもって答えよ」


*「剣奈の肚から伸びる輝く二本の白黄の紐」:『赤い女の幽霊:第二章』「2-2 魂の紐(シルバーコード) 剣奈生存への四制約」


*「篠の道、緊縛される拘束、身体の奥底から湧き上がる死の痛み」:『赤い女の幽霊:第二章』「2-1 高手後手胸縄縛 緊縛され水牢に沈む女 背後の声 に振り返ってはならぬ」「2-14 緋き結び目と淫獄への扉」


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