第4話 霧の軍勢
僕とヴェルダンは肩で息をしていた。
エルエッタの影は消えたはずなのに、霧は薄れない。むしろ濃くなり、洞窟全体を包み込んでいく。
「……まだ来る」
ヴェルダンの低い声が背筋を震わせた。
奥からざわざわとした音が迫ってくる。無数の足音、鋭い息遣い。
赤黒い霧の中から影が現れた。人型だが、どこか歪んでいる。牙の伸びたやつ、腕の異様に長いやつ、背中に棘を生やしたやつ――。
十、二十……とても数えきれない。魔の者たちが僕らを取り囲んでいた。
「小隊か……!」
ヴェルダンが歯を食いしばる音が聞こえた。
一般級でも、群れを成せば脅威になる。さっきの戦いより、はるかに危険だ。
僕は剣を構える。けれど手が震えていた。
「ヴェルダン……僕たちじゃ、無理かもしれない」
「黙れ。まだ終わってねぇ」
彼は一歩前に出て、肩越しに笑った。
「お前は俺の後ろで斬れ。生き残るために」
次の瞬間、魔の者たちが一斉に襲いかかってきた。
ヴェルダンが最初の一撃を拳で弾き、僕は必死に剣を振るった。血が飛び、影が崩れる。けれど、すぐに三体、四体が迫ってくる。
「くっ!」
剣を振るい続ける。ヴェルダンも体を張って押し返す。
でも、数が多すぎる。押し寄せる波に呑まれそうで、息が詰まりそうだった。
(怖い……! また黒炎が出るのか? 暴走したら……!)
右目が疼き、胸の奥で熱が広がる。叫びかけたそのとき、ヴェルダンが僕の手を叩いた。
「落ち着け! お前はお前だ! 俺がいる!」
その声が霧を裂いた。
僕は必死に息を吸い込み、力を剣に込める。黒炎は……まだ抑えられる。
「はぁぁぁッ!」
叫んで剣を振り抜く。刃が霧を裂き、光が差し込んだ。
洞窟の奥へ続く細い隙間が現れる。
「エイル、今だ!」
ヴェルダンが敵を蹴散らし、僕の背を押した。
僕らは駆け抜けた。霧の軍勢をかいくぐり、手足に無数の傷を負いながらも前へ進む。
ようやく隙間を抜けると、背後で魔の者たちの咆哮が響いた。けれど追ってくる気配はない。狭すぎて、群れでは入れないのだ。
僕は壁に背を預け、膝から崩れ落ちた。ヴェルダンも同じように座り込む。
「……死ぬかと思った」
「まだ生きてる。奇跡だな」
彼は笑ったが、その顔は汗と血でぐしゃぐしゃだった。
赤黒い霧はまだ奥で脈打っている。逃げ道はない。進むしかない。
「ヴェルダン……」
震える声で呼んだ。
「僕、怖い。でも、君となら行ける」
「当たり前だろ。俺たちは一緒だ」
僕らは再び立ち上がる。
僕の足音とヴェルダンの足音が重なり、霧に満ちた大穴の奥へと消えていった。
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