第4話 東京ダンジョン

 5年前の地震で突如として現れた大きな穴は、東京を飲み込んだ。


 地震の影響は軽微だったものの、この穴の出現によって都民1500万人が行方不明となる大災害だった。


 だが、5年後の現在、人々はそのことを忘れたかのように穴の中の世界に夢中になっていた。


 原因は穴の中で見つかる不思議な道具と、未知のエネルギー。


 特に原子力発電に代わる膨大な純粋エネルギーは、日本の希望とすら言われている。


 京都に拠点を移した国の機関はエネルギーを集めるために穴に自衛隊を投入し、穴の中に出現するモンスターの間引きのために、人手不足を理由として民間組織の介入を許した。


 その結果生まれたのが、『ガーディアン協会』である。


 ガーディアン協会は当初こそ自衛隊のサポートを目的としていたものの、モンスターを討伐した際に現れる不思議な道具の存在にビジネスチャンスを感じ取った一部のメンバーが新組織の立ち上げを提案。


 そうして『探索者協会』の活動が始まった。


 ダンジョン探索ブームの始まりだ。


 東京ダンジョンは穴といってもお椀状で、淵から回るようにして下へと降りていくことができる。


 より下に行くほどに、モンスターからのドロップアイテムは強力な効果を持つようになり、人々の欲望をさらに加速させていった。


 探索者になる者は後を絶たず、またそんな状況でもダンジョンからの恩恵によって国家は正常に運営できてしまう。


 たった数年で以前の暮らしには戻れないほどに生活が一変した日本国民は、まるで中毒患者かのようにダンジョンに依存していた。


 それは世界でも同じだ。ダンジョンが出現してから他国からの介入が一切なかったのは、それぞれの国がそれどころではない事態に置かれていたから。


 世界の国々は外交を最小限にとどめ、自国のダンジョンに夢中になっている。


 私、剣崎琉月けんざき るるなは、そんな世界の中で一人ダンジョンの消滅を目的にしている異端。


 誰にも自分の目的は話していない。それを話してしまえば、誰からも迫害されて目的達成から遠ざかってしまうからだ。


 普段は探索者としてみんなと同じようにダンジョン探索に挑み、時々こそこそと調査を進める日々。


 父も母も、幼かった弟もダンジョン災害で亡くした。その後に私を世話してくれた祖父母も、混乱の中衰弱して亡くなってしまった。


 私は一人だ。だから、何も気にせず目的に打ち込める。


 ダンジョンを消滅させるというたった一つの目的が、私を生かしているのだから。



 ◇◆◇



 邪魔にならないようにポニーテールにした髪が、踊るようにモンスターを切り伏せる少女をどこか神秘的に魅せている。


 血しぶきを一切かぶることなく動き続けるその様は、少女の身体能力がかなり高いことを示していた。


 そんな彼女の姿を見ているのは彼女のパーティメンバーである男女三名。しかし、その瞳には少女の神秘的な動きの美しさも、モンスターを軽々と切り伏せたことへの感謝もなかった。


 濁った瞳が通すのは、ただ少女に対する呆れと苛立ちだけ。


 戦闘が終わって戻ってパーティメンバーの元へと戻って来た少女は、その時初めて彼らのその視線と歪んだ表情に気が付いた。


「すすす、すみません! モンスターを倒すのに手間取ってしまって!」


 戦闘時とは打って変わって、落ち着きなく瞳をさ迷わせながら謝る少女。けれどその謝罪はパーティメンバーの三人には届かない。


 最初に口を開いたのはパーティリーダーを務める背の高い筋肉質な男。


「謝らなくていいよ。君がそういう奴だってよくわかったから」


「えっ、えっと……す、すみません」


 何が何だかわからずとっさに謝ってしまった少女に対して、次は少女を除くと唯一の女性メンバーである美女が舌打ちした。


「チッ、あんた何もわかってないでしょ。私たちが何で怒ってるか」


「は、はい……お、教えていただけますでしょうか」


 少女の懇願に対して、今度は小柄な男性が引き継いで答える。


「君、この期に及んで本当に何もわかってないんだね。君が一人でモンスターに突っ込んでいくから、僕らは戦いに参加できなくて経験値もアイテムの所有権も得られてない。前にも説明したはずだけど」


「あ、す、すみません。アイテムは差し上げます。私は使わないので」


「そういうことじゃないでしょ。それに一度手に入れたアイテムは上に戻って申請してからじゃないと受け渡しできないんだよ。手間がかかるから全員が戦闘に参加して所有権を共有しようって話だったのに、君が勝手をするから僕らは余計な時間を食われる。僕はもう付き合いきれない」


 小柄な男性は静かに怒りを爆発させて少女に言葉を刺す。


「あ、アタシも無理。てか最初から無理だったし」


 それに同調して美女も少女とかかわるのをやめると言うと、少女は最後の頼みの綱であるリーダーへと潤んだ瞳を向けた。


 少女の容姿は決して悪くない。むしろ良い方だ。だが、パーティリーダーはそんな少女の泣きそうな顔を前にしても氷のような視線を止めることはなかった。


「君は追放だ。俺らのパーティに自分勝手な奴はいらない。手に入れたアイテムをもってさっさと消えてくれ」


 こうして少女はジャングルダンジョンの一角でパーティから追放された。


 うっそうと生い茂る草木の合間から、遠くなっていく三人の姿を見ていることしかできない。


 少女はその場でしゃがみこみ、頭を抱えて叫ぶ。


「あ゛ーっ! またやっちゃったーっ!?」


 剣崎琉月、探索者になってから五度目のパーティ追放であった。

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