第50話 馬車寄席と初めての手綱
――馬車の上。
旅の道中、なぜかひな壇のように整列させられた僕たち。
「はいどうもー!
おはようさん、ライズですー!」
「ハンナですー!」
「ロウアーですぞー!」
「……リーナです」
四人が元気よく(?)名乗りを上げる。
「今日も元気に出発進行ー!」
ぱちぱちぱち!
僕たち観客席(?)の面々が拍手。
「いやぁ、
毎朝漫才で自己紹介するパーティーなんて聞いたことないで」
ライズがボソッと突っ込みを入れる。
「漫才やるために冒険者になったんじゃないですか!」
ハンナがニコニコしながら言い放つ。
「旅の道中で漫才とは風流でござるな!」
ロウアーが胸を張り、得意げに語る。
「……私は帰りたい」
リーナが小声でぼそりと呟く。
いや~しかしなぁ、
うちらみたいな冒険者やってると、
一番気になるのは婚期やで」
ライズが腕を組んで真顔をつくる。
「お、婚期の話きた!
任せなさーい!
冒険者と結婚するなら今がチャンス、即売会だよー!」
ハンナが明るくと笑う。
「ふむ、即売会でありますか。
つまり我らは野菜市の大根や人参と同列ということですな!」
ロウアーが胸を張り、訳のわからないプライドを保つ。
「……鮮度は落ち気味」
リーナが小声で刺す。
「誰が干からびた大根やねん!!」
ライズが即座にツッコミ。
「しかも言い方が地味に痛いんよ!」
「いやいや、
鮮度ならあたしらフレッシュフォース!
フレッシュ! ピチピチ!」
ハンナが胸を張って叫ぶと、
「……ピチピチ(棒)」
リーナが追い打ちをかける。
「こらリーナ!
自分で看板倒壊させるんやない!」
「うむ、しかし“フレッシュ”を名乗る以上、
婚活市場において鮮度管理は必須でありますな!」
ロウアーが得意げに言い放つ。
「言うなや! 生鮮食品扱いやめぇ!!」
ライズのツッコミで、観客席(僕ら)は大爆笑。
「いやぁ、婚活ネタは鉄板だな」
「それな! 鮮度維持、がんばりましょー!」
「……帰りたい」
「おーい! リーナだけ現実逃避すな!」
ガヤ担当たちが一斉に反応する。
「出た! リーナさんの塩コメント!」
「おお、これは観客ウケ間違いなしだな」
「え? これ本当に漫才なの?
ただの雑談じゃなくて?」
「……定型に見えるが、……まあ面白い」
「もっと華やかにやったほうがいいんじゃない?
花でも飾ろうか?」
「ちょっとリーナ、帰りたいはアカンて!
せめて“お腹空いた”とかにしとき!」
「お腹空いた(棒)」リーナは即座に棒読みで返す。
「切り替え早っ!」
「うむ、見事な即興芸!
リーナ殿、才能が溢れ出ておりますぞ!」
「……認めたくない」
「はいきた! リーナさんの照れ隠し!」
「おお、客席(俺たち)大爆笑!」
「これ、馬車芸人旅団って名前に
変えた方がいいんじゃ……?」
「……いっそ興行したら……金になる」
「そのときは花道と衣装、私が全部担当するわ」
――完全に寄席状態になっていたそのとき。
後方からやってきたアムスさんが、近づいてきた。
「いやはや……毎度朝早くから騒がしくてすみません」
にこやかに頭を下げるその声に、
芸人(?)たちが一斉にピシッと姿勢を正す。
「鮮度管理の腕はピカイチなんですが……」
と、アムスさんはチラリと
フレッシュフォースの面々へ視線を送る。
「全く……
これではいつになったら嫁に行けるのやら……。
ま、その方がウチとしてはありがたいのですが」
……その瞬間。
「「「「ガーーーーン!!」」」」
ハンナ、ライズ、リーナ、フローラ
(※なぜか一緒に食らう)が揃って頭を抱える。
「そ、それは言うたらあかんやろ! 気にしてることを!」
ライズが真っ赤になって叫ぶ。
「いくら雇い主とは言え、
言っていいことと悪いことが……!」
ハンナも慌ててフォロー。
「……え、ちょっと待ってぇ〜、
私も入ってますぅ〜?」
フローラがきょとんとする。
「入ってるわ! 思いっきり直撃や!」
「おいおい、フローラさん、
そこは“私まだ若いからセーフ”って顔するとこや!」
「……うぅ、今それ言われるの一番つらい」
ロウアーが腕を組み、深刻そうにうなずく。
「うむ、これは確かにクリティカルヒットでありますな」
「解説いらんねん!!
て言うかなんでお前だけ外れとんねん!!」
ライズがすかさず突っ込んだ。
アムスさんはというと……。
「おや、しまった。余計なことを……」と、
頭をかきながらもどこか涼しい顔。
ほらほら、みんな反応しすぎですよ」
「まあこれは愛情表現……
ということで許してくれたまえ!」
「愛情表現が婚期の心配って、意味わからん!」
ライズが頭を抱える。
「いやぁ、こうして朝から盛り上がれるのも、
旅の醍醐味ですな!」
ロウアーがにっこり微笑む。
ガイルが馬車の上から、呆れた顔で四人を見下ろす。
「おいおい……完全に食らってるな。
そんな顔しても、俺は助けられんぞ。
でも、まあ焦るな、年齢なんて数字だ」
ヒューは淡々と、
だが確実に状況を分析するように小声で呟いた。
「……あれは……精神的ダメージが大きそうだ」
バルクは笑いを堪えながら言う。
「うおっ、こりゃ拍手よりも救護が先かもしれん!
どうすんだコレ?」
ミナは悲鳴混じりに声をあげる。
「ちょっと!
四人まとめて泣きそうになってるじゃない!
婚活合宿でもしてあげなさいよ」
チョリオは軽く身をのり出し、
目を丸くして言う。
「マジすかー!
これは俺が何か面白いギャグで……
いや無理っすね、危険すぎ!」
フィリオは肩をすくめ、困惑気味に言う。
「……あ、あの、今やばい空気になってません?
いや、うーん、どうフォローすれば……」
「も、もう勘弁してください……」
リーナが小さくため息をついた。
馬車の上は、一瞬の沈黙と共に、
騒がしい笑いと動揺の空気が交錯した。
互いに顔を見合わせ、
どうすればこの場を和ませられるのか考え込むのだった。
午後の陽射しが柔らかく差し込む道を、
陽気な鼻歌を歌うバルクの馬車がゆったりと進む。
僕は隣でその手綱さばきを眺めながら思った。
――僕も、あの大きな馬車を操ってみたい。
「馬車の操縦って、意外と難しいんですね」
僕がそう言うと、
バルクは横目で僕を見てニヤリと笑った。
「ああ、フィリオ。
馬車なんて“手綱を握ってりゃ動く”って思ってるだろ?」
「……はい」
「違うんだよ。
まずは馬との呼吸を合わせることだ。
力任せじゃダメだ」
そう言うと、バルクは軽く舌を鳴らし、馬を止めた。
「ほら、持ってみろ」と僕に手綱を渡す。
バルクが手綱の持ち方をゆっくりと教えてくれる。
「左手で主導権を握る。右手は補助だ。
馬の首の動きに合わせて、軽く引いたり緩めたり……。
無理に動かそうとするな」
恐る恐る手にした途端、
馬が小さく鼻を鳴らして首を振った。
「うわっ……!」僕は慌てて手綱を引く。
「ダメだ、そんな強く引いちゃ」
バルクが笑って僕の手を制す。
「案外、馬の方がこちらの動きに敏感ですね」
僕が声を出すと、バルクはうなずいた。
「馬は言葉を話さねえ。
その代わり、耳や首の動きで気持ちを伝えてくる。
手綱は“命令の道具”じゃなくて“会話の糸”なんだ。
強く引けば“怖がってるな”って思われる。
逆に優しく触れてやれば、
“こいつは信用していい”って馬は感じる」
彼は僕の手を取り、軽く手綱を揺らしてみせた。
すると、馬の耳がピクリと動き、ゆっくり歩き出す。
「今の揺らし方は、“おい、行くぞ”って合図だ。
それ以上は引かねえ。
馬が理解したら、それで十分だ」
「……すごい」
僕は感心して呟いた。
バルクは鼻を鳴らし、さらに続ける。
「馬車の操縦は、馬と喧嘩することじゃねえ。
『安心しろ、任せろ』って語りかけることだ。
お前の心が乱れてりゃ、馬も落ち着かねえ。
逆に、お前が穏やかなら、馬も素直に動いてくれる」
僕は深く息を吸い込み、心の中で馬に語りかける。
「頼むよ、君の力を貸してくれ」
その瞬間、馬は素直に歩みを整え、
馬車の揺れが驚くほど穏やかになった。
「やった……!」
思わず声を漏らすと、バルクが誇らしげに胸を張る。
「だろ? 馬車を動かすのは腕力じゃねえ。
馬の心を掴むことだ」
ガイルは少し離れたところから静かに観察し、
ミナは腕を組んで横目で見つめる。
ヒューは後方で黙って見守り、
馬車の揺れを手で確かめるように触れている。
「思ったより、気を使うんだな……」
僕が小さく呟くと、フローラがにこやかに応えた。
「でも、楽しそうですぅ〜。
馬と一体になる感じ、伝わってきますぅ〜」
そのやり取りを横で聞いていたガイルが、
軽く咳払いした。
「まあ、このまま目的地に向かうぞ」
バルクは僕の肩に手を置き、指示を出す。
「そうそう、そのまま右に少し回す……
いいぞ、上手い!」
「まだ緊張します……」
僕は口元を引き締めつつ、手綱を慎重に操作する。
馬の歩調を感じながら進むと、自然と体が前傾になり、
馬車の揺れに合わせて呼吸も同期する。
小さな石に躓くような衝撃にも、
馬が微妙に体を傾けて吸収する。
「馬が勝手に避けてくれる……すごい……」
僕は驚嘆した声を漏らす。
「そうだ、馬を信じろ。お前が思う以上に賢い」
バルクが誇らしげに言う。
ガイルは腕を組み、少しだけ微笑む。
「危なげないな。だが、油断は禁物だぞ」
ミナは鋭く観察し、
馬車の左右のバランスをちらりとチェックしている。
「うん、意外と安定してる。
でもフィリオ、手綱の感覚は忘れちゃダメよ」
数分後、僕は馬車の挙動に完全に慣れ、
バルクに少しの余裕を見せる操作ができるようになった。
チョリオは拍手し、
ヒューは静かに「……何事も経験だ。
……百聞は一見にしかず
……百見は一経験にしかず」とつぶやく。
フローラも笑顔で手を振る。
馬車の上で風を受けながら、僕は心の中で呟く。
――操縦って、ただ進むだけじゃないんだ。
馬と呼吸を合わせ、状況を読み、
仲間と連携する……これは、冒険と同じだ。
バルクはそんな僕を見て、にやりと笑った。
「いいぞ、フィリオ。
今日のところはこれでそれなりに馬車を扱えるってことで」
僕は小さく頷き、手綱を握ったまま笑った。
――旅の終わりが近づいても、
新しいことはまだまだ学べる。
馬車の上で、そんな小さな喜びを噛み締めた。
暮れゆく空に、赤く滲む夕陽。
その光の下で、
仲間たちの声がいつもと変わらず響いている。
明日はいよいよ、ダッカールに到着する。
長かった道のりも、いよいよ一区切り。
胸の奥が少しざわめく。
別れの寂しさか、新たな出会いへの期待か……
そのどちらも、きっとあるのだろう。
――この風景を仲間たちと見られるのも、
あと少し。だからこそ、今この時間を大切にしよう。
手綱を握る指先に、ほんの少しだけ力を込めた。
ここまで読んでくださり、感謝でありますぞ。
もし『おっ、これは面白いかもしれんぞ?』
と思った方は、いいねやブックマークを押してくださると――
わたくし、氷の貴婦人ロウアー、テンション爆上がりでありますぞ!
……まあ、押さなかったら押さなかったで、
『氷の女王は孤高である』とか言って誤魔化しますけどな! ハッハッハ!
by ロウアー
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