第42話 チャラ男リベンジと祠の真実

翌朝。

川辺での激戦(?)と宴を終えた一行は、

それぞれダッカール港町へ帰る準備を始めていた。


「な、なして竿がグルグル回るんだ!?」

シュンヘイが目を輝かせて、ヒューの釣竿――

リール付きスピニングロッドを覗き込む。


「……回す。……それだけで糸が巻き取れる」

相変わらず淡々とした説明をするヒュー。

だが、その一言がシュンヘイには衝撃らしい。


「すっげぇ……! 

オラ、今までこれしか使ったことなかったんだ。」

「……のべ竿か」

ヒューのボソリとしたつぶやきに、イモリスがくすっと笑う。


「でも、シュンちゃんらしいっぺ。今日はリールの修行だな!」

「ヒュー先生、オラに弟子入りさせてけれ!」


ヒューはほんの少しだけ口角を上げ――

それから真顔に戻った。

「……弟子……了承」


こうして今日は、ヒュー・シュンヘイ君・イモリスちゃんの

三人で川へ釣りに出ることになった。


一方、その間に物資調達も必要だ。

「よし、じゃあ二手に分かれよう」ガイルが声をかける。

ガイルとミナが頷き合い、道具屋へ。

僕とバルクとフローラは、

酒と食材を買うために街の食材屋へ向かう。


買い物を終えて、

食材の詰まった袋を抱えながら村の通りを歩いていると

──向こうから見覚えのある、

いや、目に痛いほど派手な男が両手を振って駆けてきた。


「チョリーっす! 

フローラさん、そして……そちらのお兄さん方っ!」


 胸元の開いた水色ストライプのシャツ。

金髪メッシュに日焼け肌。

やけに白い歯を光らせながら、眩しい笑顔で指ピースをかます。

全身から「俺、ノリで生きてます!」といったオーラを放っている。


「……あ、またチャラそぅ~の人ですぅ~」

 フローラが思わず漏らす。


「お、おう……? 誰だあいつ」

 バルクが目をぱちくりさせる。


「いや、僕に聞かれても……」

 初めて見る相手に、フィリオは苦笑するしかない。


「えっとぉ……チョリオさん、でしたよねぇ?」

 フローラが困ったように微笑む。


「そうっす! 

名前だけでも覚えてもらえたとか、マジ光栄っす!」

 チョリオはウィンクを決め、両手でピース。


 彼は三人の目の前まで来ると、

肩で息をしながらもテンションそのまま。


「いやいや、マジで会えてうれしいっす! 

実はオレシー、またお願いしに来たっす!」


「また?」フィリオが首をかしげる。


「前にフローラさんたちに頼んだんすけど、

見事にバッサリ断られちゃって~。

でもオレシー、諦めないタイプなんで!」

 白い歯をキラーンと輝かせてサムズアップ。


「まさかのリベンジですかぁ~?」フローラが目を丸くする。


「そうそう! 

オレシー、マジでこの小さい村卒業したくて! 

だからお願いっす、ダッカールまで連れてってくださーい!」

 両手を合わせ、何故か拝むようなポーズ。


「え、えぇ……」フィリオは後ずさる。

「いきなりすぎでしょ。どう考えても怪しい人だよね」


「怪しいとかヒドいっすー! 

オレ、雑用とか荷物持ちとか、なんでもやるんで! 

“ノリ担当”でもいいっすよ!」


「ノリ担当って!」

 反射的にツッコんでしまう僕。


「いやでもなぁ……」

 バルクは腕を組み、じっとチョリオを見る。

(……オレっちも村から飛び出した身だからな。

こいつの気持ち、ちょっと分かるんだよなぁ……)

 そう胸の内で思うが、結局の判断はフィリオに任せることにした。


「で、でもね~チョリオさん」

 フローラがおっとりとした声で口を挟む。

「旅は一緒に行く人をよく知ってからじゃないと、危ないですぅ~」


「ですよねー! 

でもオレシー、ノリとハートは人一倍あるんで安心っす!」


「安心できんわ!」

 フィリオのツッコミが炸裂する。


 それでもチョリオはめげず、さらに畳みかけようとした──

 急に「あ、やべっ!」と声を上げると、

慌てて通りの角へ駆け出して行ってしまった。


「な、なんだアイツ……?」

 バルクが呆気に取られる。


「さあ? 何か忘れ物でも思い出したとか……」

 フィリオが肩をすくめる。


「戻りましょぉ~」

 フローラが袋を抱え直し、三人は村の通りを進んだ。


 すると程なくして、門の方から犬の鳴き声が響く。

 視線を向けると、アルファ、ガンマ、デルタを先頭にガルボさん、

──先日会った騎士たちの姿が見えてきた。

彼らがちょうど、トマの町へ到着したところだった。


チョリオが慌てて駆け去っていった直後。

 通りの向こうから、見覚えのある顔がこちらへと歩いてきた。


「おおっ、ガルボさん!」

 僕は思わず声をあげた。


「おお、フィリオ!」

 ガルボさんは大きな声で笑い、僕たちの肩を順に叩いていく。

その勢いに思わずよろけたけれど、再会の喜びで胸がいっぱいになった。


 さらに後ろから、勢子の衣装に身を包んだ三人の冒険者が歩み出た。

「アルファさん!」

「おお、無事でなにより」

 アルファはにかっと笑い、がっしりと僕の手を握った。


「ちゃんと生きて戻ってきたでござる」

 ガンマとデルタが声を揃えて言う。

 次々と交わされる言葉に、再会の実感がじんわりと胸に広がる。


 その夜はエルおばさんのレストランで、

大きなテーブルを囲むことになった。

「ほんと、あんたたちが無事でよかったよ。

さあさあ、いっぱい食べておくれ!」


「うめぇぇぇ!」

 バルクが真っ先に肉へと手を伸ばし、豪快にかぶりついた。

「……美味」

 ヒューはぼそりと呟きながら、黙々とパンを口に運んでいる。


「で、祠の方はどうだったんです?」

 僕が問いかけると、アルファが真剣な顔で答えた。


「例の祠は、結界師によって新たに封印が施された。

さらに念のため、

シュンヘイのおばあさんが遺した魔道具も取り付けられた」


「……じゃあ、もう大丈夫なの?」

 ミナが胸に手を当てる。


「ああ。これで、そう簡単に封印は解けねぇだろう」

 アルファは安堵の笑みを浮かべた。

 その言葉に、場にいた全員がほっと息をつく。

料理の香りと仲間たちの笑い声が混ざり合い、

疲れた心を温かく包み込んでいった。

そしてガルボさんは、大きな荷をどさっと下ろすと、

僕たちの前に差し出した。

「先だっての戦いで、装備もだいぶガタきてっべ。

ちょうど間に合わせで拵えたもんあっからよ、遠慮せねで受け取れ」


まず、ガイルの前に長剣が差し出される。

鍔には淡い青の光が走り、

ただの鉄ではないことが一目で分かる。

「……これは……」

「よせよせ、礼はいらね。試しに作ったもんだばって」


次に、バルクへは重厚な盾と鉈。

「お、おお……! なんだか体にぴったり馴染む気がするぞ!」


ヒューには矢のシャフトと、

精緻な細工が施されたスコープのような装具。

「……これは、……弓に?」

「距離と風、測る補助になるやつだ。

シャフトはおらの手だばって、

その装具はばっちゃがこしらえだもんだ」


ミナには、小さな蒼銀のイヤリング。

「冷静さ保つ加護、込めである。

魔法の効率も上がるはずだ」


フローラには、花模様の刻まれたブレスレット。

「癒しの力、増幅すっぺよ。おっとりしたおめさんに合ってらべ」


最初、ガイルは眉をひそめた。

「……こんな貴重なものを、我らが受け取るわけには……」


しかしガルボさんは、片手を振って大笑いする。

「だから言ってっべ? 間に合わせの品だって。

たいしたもんでねぇがら、いいから貰っとけ」


その言葉に仲間たちは顔を見合わせ、やがて自然と笑みがこぼれた。


「ありがとう、ガルボ!」

みんなが声を揃え、

ひとつひとつの装備を大事そうに受け取った。


食事を終えるころには、すっかり夜も更けていた。

エルおばさんのレストランは相変わらず賑やかで、

空いた皿の山と笑い声が僕たちの再会を祝ってくれているようだった。


「オラ、さすがに腹いっぺえ……」

シュンヘイ君が椅子から半ば転げ落ちるようにして伸びをする。


「……今日はもう休む」

ヒューが淡々と言うと、ミナとフローラも立ち上がった。


「もう眠気が勝ってるわ」

「えっとぉ~、わたしたち、宿に戻って休んでますねぇ~」


イモリスちゃんを抱いたフローラが、にこやかに手を振る。


「じゃあ、俺たちは先に宿屋へ戻るぞ」

ヒューとシュンヘイ君、そしてミナとフローラたちは、

揃って夜の街に消えていった。


残ったのは僕とガイル、バルク、それにガルボさん。

そんな僕たちに、アルファが声をかける。


「よし。お前らはちょっと付き合え。

せっかくだし、大人な場を紹介してやる」


彼が案内したのは、静かな路地裏にあるバーだった。

ドアを開けると、落ち着いた音楽とランプの灯りが迎えてくれる。

ランプの明かりがほの暗く照らすバーの中は、

外の喧騒とは別世界のように静かだった。

木製のカウンター、棚にずらりと並ぶ酒瓶、

そして低く響く弦楽器の調べ。


カウンター席にはガンマとデルタの姿もあった。


「まずはお互い、無事な帰還に乾杯しよう」

アルファがグラスを掲げる。


僕たちは顔を見合わせ、声を揃えてグラスを掲げた。

心地よい音が重なり、再び物語が動き出す気配を感じた。


「さて……何から話したもんかな」

琥珀色の液体を喉に流し込みながら、アルファが低く切り出す。


「あの祠の件か……」

ガイルが言うと、皆の表情が自然と引き締まった。


「僕が触れたらゲートが出現して、

魔物が溢れ出た……あの洞窟のことですね」

僕が言葉を継ぐと、アルファはうなずく。


「そうだな。まず……お前らの動向は、ずっと監視していた」

「監視……?」

バルクが眉を上げる。


「ああ。谷ルートからじゃなく、

尾根ルートからきちんと向かっているかどうかをな。

だから俺たちは尾根ルートの入り口途中まで案内したんだ」


「……そうか」ガイルが頷く。


「帰りに谷ルートを通ることも知っていた。

鷹たちに見張らせていたからな」


「どうりで、なんか視線を感じてたんだよなぁ」

バルクが苦笑する。


「それで祠の前あたりでお前たちと会って……

できれば祠に近づけさせないつもりだったんだがな」

アルファがグラスを傾けながら言うと、

ガルボさんが腕を組んで口を開いた。


「……オラの案内で、日程ズレだんだべな」


「ああ、まさかあんなに早く着くとは思わなかったぜ」

アルファが苦笑する。


「しかも、あの雨でござった」

デルタが杯をかたむけ、しみじみと漏らす。


「うむ……鷹も飛ばせず、犬どもの鼻も利かなくなり申した」

ガンマはグラスを音もなく置き、低く付け加えた。



「……あの祠って、そもそも何なんですか?」

僕は前から気になっていた疑問を口にした。


アルファは少しだけ言葉を選ぶように沈黙し、

やがてゆっくりと答えた。


「……俺たちの“アルファ”“ガンマ”“デルタ”って名前はな、

代々受け継がれていくもんだ。

元の名は別にある。

まあ、それはさておき……先代のアルファから聞いた話だ」


彼はグラスを置き、こちらを真っすぐ見据える。

「10年以上前に、あの祠から魔物が一体だけ出てきたらしい」


「今回みたいに、群れでか?」

ガイルが問い返す。


「いや、一体だけだ。それからは何も起きねえ。

調べても何も見つからねえ。

だから立ち入らせないように細工して、

俺たちが見回りと監視を続けてた」


「冒険者ギルドは……知らなかったみたいですが」

僕が恐る恐る聞くと、アルファは首を横に振った。

「あの件は領主様直々の案件だ、他言は無用。

ギルドにすら知らせちゃいねえ」


「……でも、あそこをいつも通るコペンさんは?」

バルクが思い出したように尋ねる。


「ああ、もちろん知ってる。

あの人は別だ。俺たちも協力してもらってる」


そこで一度、会話が途切れる。

ランプの明かりの下、グラスの氷が小さく音を立てた。


「さて──」

アルファが一息つき、グラスを置く。

「俺たちは明日、結界師殿と騎士たちと共に、

領主様へ直々に今回の件を報告にいく」


「…/そうか」

ガイルが真顔でうなずく。


「封印が施されて安心とはいえ、

祠の件は領地の根幹にかかわる。軽々に扱えねえからな」

アルファの言葉に、僕も深くうなずいた。


その後は大きな話題もなく、互いの無事を祝ってもう一杯だけ酌み交わし、

夜はお開きとなった。


外に出れば、夜風が心地よい。

僕たちは「じゃあ、また明日」と言葉を交わし、アルファ一同と別れる。

あまり遅くならないうちに、僕たちも宿屋へと戻った。


そして翌朝。

僕たちはトマの町を発ち、一路ダッカール港町へ向かうことになる。



おいおい、ここまで読んでくれたアンタ、ありがとなぁ。

正直言って、あの連中に振り回されて、オレも参っちまってるんだわ……。

だが、もし「ちょい面白ぇな」って思ったなら、いいねとかブックマークでオレの苦労に花を咲かせてくれや、頼むぜ。

by アルファ








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