第12話 エレレ村への山越え

早朝、トマの町の門前は開門前で少し混雑していた。


昨日見た顔もちらほら──エルおばさんの食堂……


いや、いずれ「リーチェ食堂」として、全国一億二千万の


看板娘マニアから聖地巡礼されるであろう、あの場所で見かけた


冒険者たちも混ざっている。



「よう、途中までご一緒するぜ」


低くよく通る声とともに現れたのは、カサドール・ゲレシヤのアルファ御一行様。

色とりどりの犬を十匹ほど引き連れている。狼のような精悍な犬から、

ふわふわの毛玉のような小型犬まで、そのバリエーションは動物図鑑が一冊できそうだ。

  


「どうやら途中までは同じ方向らしいな」


「あっ! そうだ昨日のお礼! ご馳走様でした!」僕は慌てて頭を下げる。


「今度は俺に奢らせてくれ」ガイルが横から口を挟む。


「ああ、分かった。次回はそうさせてもらうぜ」


 アルファは笑いながら応じ、ガイルの肩を軽く叩いた。


どうやら二人はすっかり意気投合したらしい。



 そんなやり取りの最中、一人の商人がゆったりと歩み寄ってきた。


「おはようございます、アルファさん……えーと、こちらはミドル・ガードの


リーダー、ガイルさんでしたよね?」


 落ち着いた物腰と、柔らかい笑みを浮かべた男性。僕には初対面だ。


「ああ、コペンさん。先日は……」

「いえいえ、大したことではございませんので」


 そう言って軽く会釈するコペンさんの笑顔は、商売人らしい


人当たりの良さと、どこか誠実さを感じさせるものだった。


 周囲では、ミドル・ガードのメンバーとカサドール・ゲレシヤの面々が、


それぞれ自己紹介や世間話を交わしている。犬たちも落ち着き払って、


旅の出発を静かに待っていた。



 ふと、コペンさんが僕の方へ向き直った。


「皆さんがエレレ村まで行って、戻ってくる頃には、私はしばらく店を空けております。


なにかご用の際は番頭にお申し付けください」


「ご丁寧にありがとうございます」



ちょうどその時、城壁上の見張りが鐘を二度鳴らした。

町の門が開き始め、鉄の蝶番が軋む音が低く響く。

人々がざわめき、列がじりじりと前に動き出す。


 コペンさんが一歩僕に近づき、少し声を落として言った。


「そうそう、あなたに一つご忠告があります」


「なんでしょう」

「……無事に帰って報告するまでが大事ですよ、あの人にね」


 意味深な一言とともに、コペンさんはハハっと笑った。


その笑みはどこかエレガントで、それでいて気さくさも漂わせている。


「ではお気をつけて」

 そう言い残し、彼は人混みの中へと消えていった。



僕らは列の流れに乗り、町の門を抜ける。外気は一段と冷え込んでいて、

土の匂いと草の香りが混じる。犬たちが一斉に鼻を鳴らし、尻尾を振る。

アルファが「ほら、行くぞ」と声をかけ、僕らの新しい一日が動き出した。


 胸の奥にほんの少しだけ、不思議な引っかかりを残して──。



 分かれ道に差しかかると、そこで案内役だったカサドール・ゲレシヤの


アルファたちが足を止めた。ここから先は別行動になる。


「じゃあ、ここでお別れだ。気をつけてな」


 アルファが片手を上げて笑う。彼の肩の荷は軽くないはずなのに、声は妙に軽やかだった。


「ああ、ありがとう。帰ってきたらまたいっぱいやろう」


 ガイルが握手を交わし、短い別れの言葉を返す。


 僕たちも簡単なお礼を伝える。道案内をしてくれたおかげで、


予定よりも早くここまで来られた。



 さて、ここからが本番だ。


 見上げた山の稜線は、まるで竜の背中のようにうねっている。登っては下り、


また登る。さらに頂上付近は大小の岩だらけで、足を置けばグラリと傾く石や、


ゴロゴロと転がっていく石が多い。何度もバランスを崩しかけ、そのたび心臓が跳ねた。


 これを商人たちが大量の荷を背負って歩くのだと思うと、


確かに年に一、二回しか来られないというのも納得だ。



僕たちも荷物は最小限にしてきた。馬車は町の宿屋に預け、必要な物だけを背負っている。


それでも、バルクとガイルは他の誰よりも重そうな荷を担いでいた。


 ヒュー、ミナ、フローラもそれなりの荷物だが、やはり全員冒険者。慣れた足取りだ。

 

唯一、僕だけが必死の形相でついていく。足はすでに重く、息も荒い。


みんなはまだまだ余裕そうだ。



 そんな僕を横目に、ガイルが声を上げた。


「よし、フォーメーションを確認する」


 立ち止まって指示を出すガイルの顔は真剣だ。


 先頭はガイル、自分の背後にバルク。後方支援のミナとフローラが中間、


僕とヒューが最後尾。


「……あれ? 後ろは薄くない?」


 僕が小声でつぶやくと、バルクが豪快に笑った。


「任せとけって! 何が来たって、俺っちがぶった斬るからよ!」


 フローラが小さく笑い、「でも山道ですし、足元には気をつけましょぉ」


と優しく注意を添える。


 ガイルは「作戦通りにいこう」とだけ言い、再び歩き始めた。



 登り始めてしばらくは、天気も良く、景色を楽しむ余裕もあった。


 眼下には青々とした森が広がり、遠くには白く霞んだ湖面が見える。


山鳥の声が響き、涼しい風が頬をなでる。


 バルクは途中で倒木を見つけると、「よっと!」と一息に持ち上げ、


道の端にどかした。その腕力と行動の速さに、つい感嘆の声を漏らす。


前方のヒューが立ち止まり、指をさす。


「……あれは……野ウサギか」


全員が目を向けた先、小さな影が岩陰を飛び跳ねていく。


ヒューはその様子を数秒見つめ、「…食料の心配はないな」と呟いた。


僕も無言で見つめる。するとミナが


「意外と美味しいわよ」と笑いながら歩き出した。



日が傾き始める前に、安全そうな開けた場所を見つけた。


少し早いが、ここで一泊することに決める。



テントを張り、焚き火の準備をしていると、ふいにバルクが僕のところへやってきた。


「フィリオ、大丈夫か? 荷物、重くねえか?」


荷物から取りだされたのは自分の背負っていた食料袋の一部。


見るからにずっしりと重そうだ。


「え、いや、大丈夫です……」


 僕が恐縮して答えると、バルクはにやりと笑った。


「無理すんなって」



 彼は荷物を僕の肩にかけ、軽く調整しながら後ろから支えてくれる。

 

その手つきは荒々しいが、的確で、ほんのわずかに揺れるだけで安定感が増す。


「すごい……これで全然楽になった」


僕が思わず声を漏らすと、ミナやフローラも近寄ってきて、


「さすがバルクね!」


「頼もしいですぅ~」と感嘆の声を上げる。



ヒューも少し遠くから、岩場を注意深く見つめつつぽつりとつぶやいた。

「……戦略的支援だな」



 バルクは肩越しに笑い、夕陽を背にして立つ姿はまるで山を切り開く巨人のようだった。


「仲間が困ってるのに見てられねぇだろ?」


 その一言とともに、僕の背中にかかる重さが温かく、安心感に変わる。



夕焼けに映える彼の影は長く伸び、夜の山道に向かって、


まるで先導してくれるかのように揺れていた。


その夜は穏やかに過ぎた。 笑い声と焚き火の音が混ざり合い、


僕たちは明日の険しい山道をまだ知らずに眠りについた。



ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

もし少しでも続きを見たいと思っていただけたなら、

【いいね】や【ブックマーク】をいただけると励みになります。

皆さんの応援が、物語を紡ぐ力になります。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る