第12話 頓挫する和平

 無事にザロムスの街に入ったレックス一行はすぐに探求者ハンターギルドへと足を運んだ。

 宿探しは後回しにした。


 道すがら御上りさんよろしく周囲を確認しながら歩いたが、交易都市と言うだけあって活気に溢れており人の数も多い。

 ただ区画整備は上手くいっていないのか、何処か雑然とした印象を受ける。


 大抵の家は石造りで、庶民の家でも決して貧相とは言えないそれなりの出来だ。

 ガラスも普及しているようだが、ガラス窓の家もあれば、はめ込み式の木窓を使用した家もあるので、そこは貧富の差によるものだろう。


 肝心の探求者ギルドは街の中心部にあり5階建ての大きな建屋となっている。

 精緻な彫刻が施された両開きの扉を開けては中に入ると、朝だと言うのに多くの探求者で溢れていた。


「多いな……中々夢のある職業なのかも知れん(いやー心が躍るね。『ティルナノグ』には探求者なんていなかったからなぁ。職業クラスに【探求者】はあったけどな。まぁ自分で何処にでも旅できたからギルドは必要なかったんだろうけど)」


「はい。人がゴミのようですわ」


 エルミナが何処かで聞いた覚えのあるような言葉を言っているが、人間と関わる仕事なので当然NGワードだ。

 一方のブリジットは興味があるらしくキョロキョロと辺りを見回している。


「エルミナ。言葉に気をつけろ。ここは人間の街だ」

「はッ……申し訳ございません……」


 顔を青くして謝るエルミナだが、思いきり畏まっているのですぐに止めさせる。

 一応は配下ではなく仲間と言う設定なのだからそんなことをされても困るのだ。


 レックスは気を取り直して慎重に周囲に気を配る。

 様々なスペースが区分けされており、まさしくラノベなどで読んだ通りの光景が広がっているのだが、意外にも人間族以外の種族の姿も見て取れる。

 セル・リアン王国は多種族国家なのかも知れない。

 まずは探求者登録を済ませてしまおうと受付カウンターに並ぶ3人。


「(この世界はどんなランク分けなのかな? 流石にアルファベットじゃないよなぁ……)」


 待つことしばし――


 ようやく順番が回ってくると、すぐに用件を告げる。

 探求者の登録費用はリアン大銅貨3枚。

 拠点に攻めてきた兵士たちが持っていた貨幣は全て接収していたので問題なく支払うことができた。


 衛兵には見栄を張ったが、流石に毎回ナノグ金貨を使用する訳にもいかないのだ。

 金貨は本拠地の維持費に使用する必要があるし、もし誰かが死んでしまった場合は復活の為に莫大な枚数が必要だ。今後、増やす目途を付ける必要があるため、なるべく流出はさけなければならないのである。


「確かに受領致しました。本来ならば透過型解析装置スキャン・アナリシスを使って様々な能力を調べるのですが現在故障中でして……。申し訳ございませんが皆様はブロンズ級からの出発となります。一定の依頼をこなして頂くことにより昇級致しますので頑張ってくださいね」


 受付嬢はそう言って愛想の良い笑みを浮かべているが、何処か人を値踏みしているかのようで少しばかり不愉快さと闇を感じる。

 前世での職業柄そのような視線には敏感なのだが、流石にその裏に潜む思考まで読むことなどできないので、今後は街の情勢なども把握して行かなければならないだろう。


「(それにしても透過型解析装置スキャン・アナリシスだって……? もしかしたら故障中で良かったのかも知れないぞ。下手に情報を渡す訳にはいかないし、大騒ぎになる可能性もあったと言うことだ……助かった……)」


 装置について軽く聞いてみたのだが、詳細は教えてもらえなかった。

 情報はギルドで厳重に管理されると言うことらしいが、何処まで情報を抜かれるのかが懸念点だ。

 レックスは探求者の登録名をレガリアとして活動することにしていた。

 もしかしたら名前すらバレてしまう可能性がある。


 そして肝心のランクだが階級は低いものから青銅ブロンズアイアンシルバーゴールド白金プラチナ魔鋼ミスリル、アダマンタイト、オリハルコンの順らしい。

 手練れくらいであればゴールド級、英雄クラスともなるとアダマンタイト級、神話クラスでようやくオリハルコン級だと言うことだ。

 多いのはアイアン級、次いでシルバー級な辺り、案外この世界の人材の位階レベルは低いのかも知れない。


 やっとのことで依頼が貼り出されている掲示板までたどり着くが、これまたかなりの大きさで依頼状の数も多く街の、そしてギルドの規模を感じさせられる。


 念願の依頼状に目を通して行くが――


「(た、助かった……文字も読めるぞ!)」


 言葉が通じることは報告で聞いていたから良かったのだが、文字については情報がなく未知数だったのである。問題の1つが氷解して喜んだのも束の間、とある依頼状に目が留まりレックスは硬直する。


 書かれている文字に理解できないものがあったためだ。


 読めない文字が存在する――


 それは『ティルナノグ』の世界がこの世界に転移したからなのか。

 もしかすると存在する国家の数だけ異なる言語がある可能性さえ考えられる。


「(口語は大丈夫なのに文語は無理なのか……? 流石に全てを覚えるのは無理だよな。いや、『ティルナノグ』の中にも遺跡の文字で読めないものがあった。確かアイテムにあったはずだけど一応解読させた方がいいか)」


 レックスは歪な世界にただただ困惑することしかできなかった。


「あーよく理解できないッス。読めない文字があるッスねぇ……」

「レッ、ガリア様は如何ですか?」


 当然、2人も読めないらしくレックスに話し掛けてくるのだが、その瞳がらんらんと輝いていて凄まじい期待感と圧力を感じる。


「ん? ああ、俺も読めん」

「レッガリア様がッスか!? まさかそんなものがこの世にあったッスか……」

「な、なんと言うことでしょう……」


 レックスが簡単に読めないと認めたことに驚いたのか2人が大仰な態度を見せた。

 そこまでか?と言うレベルで驚愕を体全体で表現していて中々に面白く、同時に元NPCもこんな個性があるのだなと素直に嬉しく思った。


「得体の知れない異世界だからな。早急に言語体系も調べなければならないだろう。後、俺の名前はレガリアだ。忘れるな」


 大体の報酬は掴めたので、次に向かうのは拠点となる宿屋である。

 物珍しいのか、なおもギルド内をうろつく2人を促してようやく外に出ると受付嬢に聞いておいた場所へと足を向ける。

 青銅ブロンズ級と言うこともあって手頃な値段になっているとお勧めされたので、行かない手はない。こちとら金がないのである。


 聞かされていた特徴から何とか宿屋を発見し中に入ると、荒くれ者の風体をした探求者らしき男女が各々のテーブルで酒を呷っている。

 それはもう清々しいほどのゴロツキテンプレなお歴々からの視線が遠慮なく突き刺さる。入った途端に感じたのは警戒感。


 だが探求者たる者、そうでなくてはならないと思う。

 普段見ない顔が現れたら誰だって警戒するだろう。

 とは言え、中にはそれ以外の劣情のようなものも見え隠れしているようだが。


 レックスは真っ直ぐにカウンターにいたマスターらしき人物の元へ向かうと値段を尋ねる。


「3人部屋で一泊いくらだ?」


 マスターの視線がブリジットとエルミナの方へと向けられる。

 もしかすると情婦だとでも思われたのかも知れない。


「3人で泊まるのか? いいご身分だな。一泊大銅貨9枚だ」


 レックスはその値段で了承すると鍵を受け取ってすぐに部屋へ向かおうとした。

 そこに絡んでくる者が4人、探求者でアイアン級である。

 またしてもテンプレだ。


「いよう。青銅ブロンズの兄ちゃん。いい女連れてんじゃねーか」

「見た感じ、登録したてってとこかぁ?」

「お姉ちゃんたちオレらと遊ばなぁい?」


 その汚い手がブリジットとエルミナに伸びようとしたその時――


「黙るッス、殺――」

「地獄に落――」


 彼女たちがまるで4人を汚物でも見るような目で睨みながら挑発的な言葉を吐こうとしたので、慌ててレックスが彼女たちの頭に手を乗せて黙らせる。

 レックスの方に向き直り何かを言おうとするが、言わせるはずがない。


「いやぁ先輩方。何かご用かな? これでも忙しい身なんでな。手短に済ませてもらえると有り難い」


 馬鹿にしたかのようなレックスの態度が気に喰わなかったであろう4人が激昂する。


「ああん? テメェは舐めてんのかオラァ!!」

「それが先輩に対する態度か! その体に教えてやろうか!!」


 ただでさえ、狭くてテーブルが密集している中で暴れられては困るだろうとレックスは考えて、ブリジットとエルミナを後ろの下げると飛び掛かってきた2人の男の拳を正面から受け止めた。


「あるぇ~? 全身鎧に殴り掛かるとか馬鹿なのかな~?(はぁぁぁ……良かった……こいつらは強くないみたいだ)」


 レックスは当然のように拳を痛めて大袈裟にのたうち回る2人の顔面を鷲掴みにすると、軽く持ち上げて放り投げた。

 彼らは他の客の席に頭から突っ込んで、テーブルや椅子を使い物にならないほどに破壊する。


 それを目の当たりにして他の2人はようやく喧嘩を売る相手を間違えたと気付いたようで、レックスに頭を下げて謝罪を繰り返す。


「まぁいいでしょう。これから喧嘩を売る相手は良く見て選んだ方がいいですよ。それでは」


 ブリジットとエルミナはまだ何か言いたげにしていたが、何とか我慢させてさっさと部屋に向かうことにした。

 しかしここで終わらないのがお約束である。


「ちょっと! 何してくれてんのよ! あたしの魔呪巻物スクロールが破れちゃったじゃない!! 弁償しなさいよ!!」


 怒りに顔を赤くさせて前のめりになって向かってきたのは栗髪色をしたアイアン級の探求者の女性。気性が激しそうで何となく大人びた言動をしているが、まだ少女と言った感じもする。


「え? これって俺が悪いの?」

「当ったり前でしょーが!!」


 助けを求めて周囲を見回すが助け舟はないようだ。

 誰もが目を伏せて視線を合わせないようにしている。

 しゃしゃり出てきたのはブリジットとエルミナだけ。


「なーに言ってるッスか? 今のがレックス様が悪いとか馬鹿じゃねーッスか?」

「賠償はそこの4人にするべきだとわたくしは思いますわ。人間のお嬢ちゃん?」


 普通にレックスの本名を出して罵倒するブリジットと、人間を見下すような発言をするエルミナにレックスは頭が痛くなる。

 後でもっと強く言い聞かせようと考えつつ、取り敢えずは現状を打開するのが先決だと思い、火に油を注がないように丁寧に対応する。


「すまなかったな。お譲さん。今は持ち合わせがなくてな。ちょっと払えないんだ」

「すまんで済んだら衛兵はいらないっての!」


 やはり怒り心頭の様子で歯をむき出しにして今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。


「うーん。それではこう言うのはどうだ? 君は俺たちに貸しを1つ作ったと考える」

「はぁ!? 何で駆け出しの青銅ブロンズ級に貸し1つなのよ! 吊り合う訳ないでしょーが!!」


 当然と言えば当然の反応を返してくるが、そこはハッタリで乗り切るレックス。

 それに探求者ギルドで聞いたことが確かなら、この世界ではレックスたちは強い部類だと考えたからでもある。


「後であの時、貸しを作っておいて良かったと思える刻が来るぞ? 俺たちはすぐにでもオリハルコン級探求者になるだろうからな」

「!?」


 流石にここまで自信満々に言い切ったことで、冷静になれたのか彼女が大人しくなった。今、彼女の頭の中には打算が渦巻いていることだろう。


「そこまで堂々と言ってのけるのは大したもんね。分かったわ。これであたしはあんたに貸し1つ。何でも要求できるって訳ね」


 明らかに悪党面で言い放つ少女に、レックスは速まったかと思ったが、アイアン級探求者の言うことなど高が知れているだろうと思い直した。


「俺の名前はレガリアだ。覚えておくんだな」

「あたしはリナよ。あたしも強くなるからよーく覚えておくことね!」


 リナはリナで凄まじいまでの自信と度胸である。

 取り敢えず、友好の証として握手を交わしてレックスたちは借りた部屋へと入った。


「はぁ……」


 ようやく個室に入れたことで、疲れがどっと押し寄せてきたレックスの口から思わずため息が漏れた。ブリジットとエルミナが先程の件でぶつくさ文句を言っているが、言いたいのはレックスの方である。


 早速、説教してやろうと口を開きかけたところに魔法が繋がった。

 どうやらルシオラからの【伝言メッセージ】なので、余程のことがあったのかも知れない。


『レックスだ。どうした? 何か起こったのか?』


『はい。重大事です。隣国のウラーヌス帝國から宣戦布告されました』


『はぇ?』


 レックスの口から何とも間抜けな声が漏れた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

動き出す……覇王の軍団が……


いつもお読み頂きありがとうございます!

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大好きだったスーファミソフトのゲーム世界のモブに転生してしまったレクス。

モブのはずなのに、やたらとキャラクターとストーリーが絡んでくるのだが?

レクスはこの世界で縁を持った者たちを護るために物語に関わっていく……


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