第3話 わたしはヒロインじゃない
ルーカス様とのダンスは、まるで夢のようだった。
わたしの腰に触れた手は頼もしく、合わせた手は柔らかく握られていた。
なんてパーフェクトなリード!
もしかして、スパダリ系ヒーローの要素も持ち合わせているってこと!?
ああ、心臓が痛い。顔面が熱い。
わたしは……わたしは
こんなの、勘違いしてしまいそう。
シャンデリアの光の下、音楽に合わせて踏むステップが、心臓の音と響き合う。
「どうして、あんな冴えない女がヴァルモンド公爵と?」
ギルバートの歪んだ声が聞こえた。ふと見ると、彼の隣には、エメラルドの瞳を驚きで揺らしたクラリッサの姿。
二人の冷たい視線によって、わたしの胸の内で燃え上がりかけていた恋の炎は、見事に鎮火した。
ギャップ系ヒーローとの溺愛系恋愛劇の世界観に浸って、浮かれている場合じゃない。
わたしがここにいるのは、わたしの復讐に力を貸してくれる人を探すため。
ルーカス様なら、身分的も権力的にも、申し分ない。
わたしはこれからルーカス様の権威を借りて、立派な悪役令嬢になるのだから。
そうして、貴族たちの視線を一身に浴びたわたしは、堂々と顔を上げて踊り切った。
ダンスが終わった後。
わたしはルーカス様に誘われて、バルコニーへ出た。
月光が大理石の手すりを淡く照らし、夜風が頬と髪を撫でてゆく。
久し振りのダンスで息が上がるわたしの腰を、ルーカス様の逞しい腕が支えていた。けれど、決して寄りかからずに、ルーカス様を見上げる。
と、月下で鋭く光る灰色の瞳と目が合った。
腰を支える優しい腕とは真逆の、冷酷な公爵そのもの。
何を考えているのか、まるでわからない。
けれど、滲み出る優しさを隠しきれていない。
だからこそ、魅力的。
冷酷なヒーローが、実は優しさを秘めている。なんて、最高でしょう。
わたしはその優しさを利用して、クラリッサや父、ギルバートに復讐するのだけれど。
「——エレノア嬢、単刀直入に言おう。私はバルドー伯爵家が持つテレネア街道の利権を握りたい」
まあ! なんて素敵な提案!
わたしから切り出さなくても良いなんて。話が早くて助かるわ。
思わず手を叩きそうになったのを、意志と筋肉の力で止めたわたしは、少しだけ視線を下方向へ落として返す。
「テレネア街道……隣国との交易街道ですね。街道近くには貴石が取れるビスマス鉱山もあります。父は決して手放しはしないでしょう」
「バルドー伯爵とギルバート卿の不正取引の証拠を持っている。クラリッサ嬢も不正に関わっているようだ」
わたしは、ハッと息を呑んだ。
まずい。
バルドー伯爵家と関わりのない
これは、不正の公表待ったナシってこと?
わたしの復讐はどうなるの?
部外者に横取りされて、台無しにされて、不完全燃焼だなんて、嘘でしょ?
バルドー伯爵領の帳簿をつけろ、と父に押し付けられてから、いつか暴露してやろうと思ってコツコツ集めてきた証拠が流出でもしたの?
まさかルーカス様は、独自のルートで調べたってこと?
父とギルバートがお粗末な取引をして不正がバレたって話?
それとも、脇の甘いクラリッサから漏れたとか?
でも、ルーカス様がわたしに声をかけてきたということは、まだわたしが介入できる余地があるはず。
「家族が不正取引を行っているなど、君にはショックなことだろう。だが、私はどうしてもテレネア街道の管理権を手に入れたいのだ」
あら。わたしが黙り込んでしまったから、気遣ってくれたのかしら。
そんなの、必要ないのに。ショックだって、受けていない。
だってわたしは、不正取引がされていることを知っているのだし。
これで、ルーカス様がわたしに同情しているようだ、ということがわかったから。
この同情心を上手く使えば、たとえバルドー伯爵家が取り潰されても、わたしだけはルーカス様の庇護の元、貴族らしい生活をさせて貰えるんだろう。
でも、そんな平穏。
復讐に燃えるわたしが、受け入れるとでも?
わたしは
わたしは、深呼吸をひとつ。息を吐いて、それから慎重に吸い込んだ。
「ルーカス様、その不正取引の証拠……わたしが押さえているものと同じものか、確認させていただいてもよろしいでしょうか」
そう告げた時のルーカス様の表情といったら。
陰謀渦巻く恋愛劇のヒーローとしては、ちょっと解釈違いな残念な表情ではあったけれど、ルーカス・ヴァルモンド公爵としてなら、とても人間味があって優しくて、ちょっと泣きたくなってしまうような反応と表情だった。
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