そうだ、復讐しよう〜悪役令嬢推しの姉は闇堕ちしたので、家族を断罪します〜

七緒ナナオ

第1話 愛してやまない悪役令嬢

「エレノアお姉様、早く靴の準備して。……本当にグズなんだから」


 冷たいエメラルド色の瞳がわたしを睨んでいる。

 滑らかな金髪と、甘やかな天使のような美貌が歪む様は、幼い頃に観劇した愛憎スペクタル系恋愛劇の最推しである悪役令嬢サブヒロインを見ているみたい。


 わたしの妹、クラリッサ。年は一つしか変わらない。

 十年前、わたしが八歳のころ。病弱だった母が亡くなった途端、お父様が連れてきた婚外子の妹。


『愛らしい天使のような婚外子の妹悪役令嬢に虐げられる、正当な血筋を持つ冴えない姉モブ


 わたしが愛してやまないドロドロ愛憎スペクタル系恋愛劇のド定番な関係!

 なんて、なんて、最高なんでしょう!


 演劇は、チケットを購入して劇場に足を運ばなければ観ることができない。

 毎日やっているわけじゃないし、役者だっていつか変わってしまう。


 でも、クラリッサはひとりきり。

 わたしのたった一人の妹(貴族籍にも入っていない婚外子だけど)。

 そんな妹が、毎日毎日、わたしのために、わたしが大好きな劇を上演してくれているようなもの。


 だからわたしも気合を入れて、腰まで伸びた銀髪はボサボサに、ほつれた灰色のドレスを纏ってる。

 ソファにふんぞり返って座るクラリッサとは対照的に、わたしは床に立ったまま。

 クラリッサが本気で悪役令嬢サブヒロインをしてくれるから、わたしだって本気でぶつかるのが礼儀だし、それが推し活ってものでしょう。


「早くしなさいよ! 舞踏会に遅れちゃうでしょ!?」

「ご、ごめんなさい、クラリッサ。すぐに用意します」


 顔を伏せてクラリッサの前に膝をつき、次から次へと靴を並べてゆく。

 そんなわたしを見て、扉の前で待機している侍女やメイドたちがオロオロしているけれど、それは無視。

 わたしのための、わたしだけの演劇を邪魔しないで。と、言い聞かせてあるのだから。


「本当に気が利かないわね、お姉様。早く靴を選んでよ」


 元平民のクラリッサはバルドー伯爵家に引き取られてから、何かを埋め合わせるかのように散財している。この靴たちもその一つ。

 あまり贅沢をしすぎると、バルドー家の財政が傾いてしまうから、控えめにしてほしいところではある。

 貴族は確かにお金持ちだけれど、私財を除けば、領民から預かった税金だもの。


 そう、大事な大事な税金なのよ。

 正しく使うことができなければ、ひとつの村が地図から消えてしまうこともある。


 そんなことを考えながら、クラリッサにこき使われる姉を誠心誠意演じていると。

 ドン! と。

 クラリッサの細い足がわたしの肩を強く蹴った。


「あ、痛っ……」

「ふふっ、ごめんなさい? 足置きかと思っちゃった」


 クラリッサがクスクス笑っている。

 社交界では天使だなんて呼ばれているくせに、家の中では悪魔だなんて。

 そんなところが完璧! 最高の悪役令嬢なの!

 わたしの婚約者である顔だけ男を、見事に奪い取ってくれたときは、心の底から湧いたのよ!


 ——でも、今のはいけないわ。


 だって、そうでしょう?

 舞台上の演者は、節度を守って立ち回るもの。


 わたしを蹴るのはいいわ。許容範囲内よ(侍女やメイドたちが、物凄い顔でクラリッサを睨んでいるけど)。

 でも!

 足を晒して蹴るなんて、いけない。そんなの、淑女じゃない。解釈違いよ。


 だって、はしたないじゃない。悪役令嬢は、もっと高貴であるべきよ。

 こんなの、わたしの悪役令嬢クラリッサじゃないわ!


 ああ、どうしよう泣きたい。

 でも泣かない。代わりに奥歯を噛んで、声を殺して。クラリッサの裏切りにじっと耐える。

 大丈夫、耐えることなら慣れている。こんなこと、もう何度もあったでしょ?

 ほんの些細なすれ違い。

 思惑シナリオ通りにならないことに耐えるなんて、日常茶飯事だ。


 でも、そうやって許したままでいいの?

 わたしは本当に、心の底からこの状況を楽しんでいるんだっけ?


 肩を震わせて開いてはいけない扉を開くまいと耐えていると、だ。

 部屋の扉がギィ、と開いた。


「我が家の可愛い天使よ! 今夜の舞踏会用の靴を持ってきたよ。特注だ。間に合ったかな、クラリッサ?」

「お父様、ありがとう。素敵な靴ね。愛しているわ!」


 扉を開けて入ってきたお父様に、クラリッサが飛びついた。

 すると、お父様が抱えていた舞踏会用の靴がぽろりと落ちて、床の上で跳ねた。


 ああ、あの靴は……。


 落ちた靴を見て、わたしは途端に虚しくなった。

 今までの熱狂が。愛憎スペクタル系恋愛劇を演じることへの情熱が、突然、冷めてしまったかのよう。


 わたし、どうかしてしまったの?

 深呼吸をひとつして、落ちた靴を見つめる。


 クラリッサがわたしに屈辱を与えたくて、無駄に靴を選ばせるのは、別にいい。

 お父様がクラリッサに愛を示したくて靴を買ってくるのも、別にいい。


 ——でも、今のはいけないわ。


 だって、そうでしょう?

 わたしの悪役令嬢が履く靴は、どこにでも売っているような靴じゃいけない。

 例えば、高位貴族御用達のサロン・ディデュエの靴くらいじゃないとダメじゃない!


 領民から預かった大事な大事な税金を横領して私腹を肥やしているような人が。

 助けを求める村をお金を惜しんで見殺しにした人が(わたしが帳簿の記帳に関わる前だけれど)。

 一体、なにをケチっているのだか。


 無気力に立ち尽くすわたしに、お父様が冷たく言った。


「エレノア、舞踏会で嫁ぎ先を見つけろ。器量が悪くても、若い女なら貰い手はいる」

「そうだわ、ヴァルモンド公爵に声をかけなさいよ、お姉様」


 クラリッサが閃いたとばかりに目を輝かせた。

 その顔はすぐに意地悪く微笑んで、わたし好みの悪役令嬢の顔になる。


「お姉様は、冷酷な公爵にボロボロにされるのがお似合いよ!」


 けれど、わたしの胸には、何も響きはしなかった。

 クラリッサの甘ったるだけのキーキー声が、わたしの耳を右から左に抜けてゆく。

 お父様の冷めた視線くらいじゃ、わたしの中で燃え上がった怒りを鎮めることなんてできない。


 これまで、腐っても血の繋がった家族なのだし。と、罪を見て見ぬフリをしてきたけれど、もう、無理。

 思い返せば、父に愛された記憶なんてないし(見窄らしいわたしを放置するような男だし)、クラリッサに至っては言わずもがな。


 わたしはたった今、悪役令嬢わたしの推しと家族を失ったのだ(見限った、とも言うけれど)。


 その喪失感が復讐心に変わるのは、別におかしな話ではないでしょう?



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