09.本当のこと

 まさか火事が起きる原因をこの目で見ることになるとは、思っていなかった。

 しかし、考えてみれば、そうなる可能性は十分にあったのだ。火事が起きるほんの数分前に、現場となった部屋へ入っているのだから。

 戻る時間が早すぎれば、マーラが引き出しを見た時にブローチがないことに気付き、盗まれたと騒ぎになりかねない。

 それを避けるために、ぎりぎりの時間をルーランスは選んでいた。だから、目撃することはおおいにあり得たのだ。

 ……まさか、ティマーノの火遊びとは、思っていなかった。村人達は火を消すのに躍起になっていたから、小さな子どもが近くにいても気にする余裕などなかったのだろう。

 ティマーノの存在に気付いていたとしても、彼女はその家の住人なのだから、そこにいても当然、と考えたかも知れない。

 とにかく、出火元がマーラの部屋であること、彼女がタバコを吸うことから、疑いは真っ先にマーラへ向けられたのだ。

「あたし……どうしたらいいの?」

 通りの真ん中にいつまでも立っていられないので、ルーランスに促されてリッシェは馬をつないでいる所まで戻った。

 しかし、自分が歩いている、という自覚がない。今見てきたことで、ショックを受けていた。

 マーラは一人の時は落ち込んでいるが、家族の前では明るく振る舞っている、とレミットから聞いた。あの日から、楽しみだったタバコも吸わずにいるらしい。

 家族は「誰もケガをしなかったんだし、気にしないで」と言っているので、普段は気丈な振りをしている、と。

 だが、リッシェの前では、自分の淋しさを打ち明けてくれた。オルドワのくれたブローチの話とともに。

 だから、リッシェはブローチを取り戻してあげたい、と思ったのだ。

 火事はおばあちゃんのせいじゃない。

 それは、今見て来たことではっきりした。

 だけど……本当のことを言ってもいいのだろうか。

 マーラもブローチが焼けたことで落ち込んでいたが、ティマーノもあの火事の後からずっとふさぎ込んで、笑わないままなのだ。

 ここでティマーノが火遊びしたのが原因だ、と周りに言ってしまったら、幼い心をさらに傷付けてしまうのではないだろうか。

「お前次第だ」

 聞き様によっては、冷たい言い方。だが、それは仕方のないことだ。

 こうすればいい、とか、話してしまえ、などと言う義理も権利も、ルーランスにはないのだから。

 この件に関わったとは言え、魔法使いにそこまで踏み込むことはできない。

「そう言われても……」

 真相を知ったのに、黙ったままではつらい。でも、軽く口にできない。

「火事の原因はタバコだと聞いたが、あの部屋に灰皿は出されていなかった」

「え、それって……」

 もしかして、おばあちゃんは本当のことを知ってるの? 自分のせいじゃないってわかっていて、黙ってるの?

 それから、今更のように思い出す。

 マーラはタバコを吸った後、いつもちゃんとすぐに後片づけをしていた、とレミットが話していた。

 吸い殻は、しっかり水にぬらして。火が消えていないタバコを、引き出しにいれるはずもなく。

 今回の火事の時だって、恐らくちゃんと片付けられていたのだ。ルーランスが言うように、灰皿がなかったのも当たり前。

 ちゃんと見てなかったが、引き出しの中に入っていたのだ。

 それなのに、周りからタバコの不始末が原因だと聞き、そうだったのか、とどうして簡単に納得してしまったんだろう。

「時々あるんだ。知らないで済めばよかったのにってことがな」

 大切な物を取り戻すことで、救われる人がいる。逆に、過去へ戻って余計なことを見てしまった、という人もいる。

 単純に金品を取り戻そうと向かった過去で知人の裏切りを知り、本来の時間に戻ってからかなり物騒な事件が起こったこともあった。

 そういう事件が表沙汰にはなっていなくても、噂が広がればこの魔法に関するマイナスイメージとなる。最悪だと、魔法を行った魔法使いまでが、そういった噂の影響を受けることにもなるのだ。

 こういったリスクも原因の一つで、時駆けの魔法の禁止を求める声があがるのである。

「便利な魔法じゃないのって思ってたけど、複雑なのね」

「まぁな」

 こうやって自分で経験して、リッシェにもよくわかった。

 過去はいじるべきではない。今この瞬間が「あるべき状態」なのだ。

「誰かに話すか、自分の胸にしまっておくか。それはリッシェ次第だ。俺がどうこう言えるものじゃない」

「うん、そうだね。とにかく、一番大切な目的は果たせたんだし」

 手にはマーラのブローチ。無事な状態で、存在している。少しはマーラも元気を取り戻してくれる……と思いたい。

「帰り道で壊さないようにしなきゃね」

 たすきがけにしていたポシェットにブローチを入れたリッシェだが、しばらく中身を探り……それから申し訳なさそうに上目遣いでルーランスを見た。

「……ご、ごめんなさい、ルーランス」

「何が?」

「お金……忘れて来たみたい」

 ポシェットに財布を入れた……つもりだったが、入っていない。カバンそのものに穴は開いていないから道中で落としたとは思えないし、周りに盗むような人はいなかった。村から出て街へ入ってからは、ルーランスとしか会ってない。

 もっとも、彼に会うまで眠っていたのでその時にすられたかも知れないが、マントにくるまっていたので可能性としては低い。

 だとすれば、単に忘れてしまったのだろう。

「何だと……」

「あああっ、ごめんなさいぃっ」

 整った顔が険しくなる。それを見ると、やっぱり怖い。

「朝、絶対に寝坊しちゃダメって思ってて、そればっかりに意識がいってたみたい。本当にごめんなさい。明日、絶対に絶対に持って来るから」

 リッシェは、何度も頭を下げる。その横では、馬が「何やってんだ」という顔で見ている。

 ルーランスはプラチナブロンドの髪をかき上げながら、軽くため息をついた。

「……わかった。明日まで待つ。料金を踏み倒す度胸なんて、リッシェにないだろうからな。居場所だってわかっているんだし」

 やはり所々に気になる言葉があるが、待ってもらえるのだからありがたい。

「ありがとう、ルーランス。明日、必ず持ってくるわ」

 下手したら「延滞料」なんて言葉がルーランスから出るのでは、と思ったが、そんな気配はなさそうだ。

 二重の意味で、リッシェはほっとした。

 今はとにかく早く村へ戻り、おばあちゃんを喜ばせてあげたい。

 そう思って馬に乗ろうとしたリッシェだが、ふとその動きを止めてルーランスを振り返った。

「……ねぇ、ルーランスは……」

「俺が何?」

「どうしてあたしのお願い……聞いてくれたの? おばあちゃんがあたしの本当のおばあちゃんじゃないってわかったのに」

「お前が必死に頼んだんだろ」

「それはそうだけど……」

 彼が真相を知っても「行くぞ」と言ってくれた時、ウォイブがルーランスを「いい奴」だと言ったのが、改めてわかった気がした。

 今だって、こうして依頼料を待ってくれている。少しムッとするようなことを何度も言われたりしたが、優しい部分もちゃんとある。

 だが、あの時どうして目をつぶってくれる気になったのか、不思議でもあった。

リッシェのしたことは、明らかに規定違反なのに。

「……俺もおばあちゃん子だったからな」

「え、そうなの?」

 その顔で……いや、顔は関係ないが、クールに、悪い言い方をすれば冷たそうにさえ見える彼の口から「おばあちゃん子」という言葉が飛び出すのは、ものすごく意外だった。

「ああ。だから、おばあちゃんという言葉を出されると……弱い」

 さりげなく視線を外すのは、もしかして照れのせい、か。

 魔法使いって、ものすごく特別な存在だと思ってたけど、実際すごい存在なんだろうけど……やっぱり普通の人間でもあるんだ。

 出会った時は人形のようにすら思ったが、それは見掛けだけ。彼も、温かい血と情を持つ人間。

 そう考えると、なぜか急に嬉しくなるリッシェだった。

「ほら、余計なおしゃべりする時間があったら、さっさと村へ戻れ」

「うん。あ、そうだ。明日はどこへ行けば、ルーランスに会えるの?」

 お互いをつなぐ場所と言えば、ウォイブの修理店くらいだが。

「ん? そうだな。場所はここでいい。時間は……」

「あまり早くされたら、起きられる自信がないんだけど」

 今日みたいに、十分おきに目を覚ましてしまい、落ち着いて眠れない、という状態はもう勘弁してほしい。

 気が抜けてしまったとは言え、道端で寝てしまう、なんてことはもうやりたくなかった。

「時駆けの魔法を使うんじゃないから、早朝である必要はない。そうだな、十時なら来られるか?」

「うん、それくらいの時間なら」

「一分でも遅れたら、倍額にするからな」

「ええっ、そんなのあり?」

 ちょっと油断をしたら、何を言われるやら。延滞料も困るが、倍額も困る。

 今朝は時駆けの魔法を使う都合上、時間通りに現れたのだろうが、彼なら明日もきっと十時きっかりに現れるだろう。そんな気がする。

 気が抜けて今度こそ寝坊したりしなきゃいいけど……。

 そんな心配を抱きながら、リッシェは村へ帰った。

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