05.待ち合わせ

 改めて封をちゃんと開け、中の便せんを取り出した。封筒と同じように真っ白だ。

 ますますどきどきしながら、リッシェは便せんを開いた。

 そこには、封筒に書かれていたのと同じ文字が、整然と並んでいる。


『貴殿より依頼の件、承ります。

 つきましては、四月二十日午前五時ちょうどに、レンドールの店の前

(書物通・時間通交差点の北西)にてお待ちください。

 なお、いかなる事情があってもこの時刻に一分でも遅れられた場合、今回の件は 取り消しになったとみなし、以後どのような依頼も受けかねます。


                          魔法使い ルーランス』


 手紙を読んだリッシェの顔に、ぱぁっと笑みが広がる。

「あたしの依頼、受けてくれるって」

 教える義務などないのだろうが、リッシェは手紙を読み終わると同時に、嬉しくなってウォイブに伝えていた。

「そうかい。よかったじゃないか。気持ちが通じたんだよ」

 伝えられたウォイブは、穏やかな表情を浮かべながらうなずいた。

「おじさんが教えてくれたようなことが、ここにも書いてあるわ。絶対遅れないようにってこと。二十日って言うと……明日ね。早くしてもらえるのはありがたいけど……時間もかなり早いわ」

 五時に街へ到着していなければならないなら、村からは一時間かかるので四時前には家を出なければならない。

「その魔法をする時はいつも早朝らしい。で、依頼料は払えそうかい?」

「え? あ……まだ読んでないわ」

 依頼を受けてもらえる、ということが嬉しくて浮かれていた。依頼の次に肝心なのは、料金のことだ。

 便せんはもう一枚あり、そこに今回の依頼料が書かれていた。


 依頼料金 一万イン


 リッシェが持つ財産を、ちょっと……かなりオーバーしている。

 あの手紙でこれだけの値段にしてくれたのか。それとも「狙った」と思われて、それなりの金額を提示してきたのか。

 魔法という、普通の人間には使えない力を使ってもらおうというのだから、安くはないだろう、と覚悟はしていた。

 リッシェはあまり物欲がないので、お小遣いをもらっても使うことはほとんどない。ごくたまに、リボンやお菓子を買う程度。

 なので、今まで貯めた分でどうにかならないか、と考えていたのだ。

「ちょっときついなぁ」

 リッシェの手持ちは、七千とちょっと。

「昨日も言ったが、金額についてはお嬢さんの交渉次第だ。負けてもらうか、分割にしてもらうかだね」

 マーラおばあちゃんのブローチが、世間一般ではどれだけの価値があるのか知らない。高い物ではない、と聞いたが……いくらであってもお金には換えられない宝物だ。

 リッシェは、おばあちゃんをどうしても喜ばせてあげたい。

 ウォイブが言うように、魔法使いに頼んでもう少し金額を下げてもらうか、それがダメなら少しずつ払う、ということにしてもらわなければ。

 もしくは、ひとまず持っている金額を全て渡し、残りは後で、と頼むしかない。

「あたし、このルーランスって魔法使いがどんな人か、わからないんだけど。向こうだって、あたしのことは名前だけで顔は知らないはずでしょ? そんな状態で待ち合わせて、お互いがわかるかしら」

「ちゃんとわかるよ。早朝から通りの角で立っている人間なんて、そんなにたくさんはいないさ。お互いがちゃんと待ち合わせ時間に来れば……魔法使いが遅れることはまずないが、自然にわかるよ」

「おじさんはルーランスのこと、知ってるの?」

「ああ、知ってるよ」

「どんな人か尋ねても……いい?」

 これまで魔法に縁のなかった田舎娘が、初めて魔法使いに魔法を頼むのだ。多少……いや、かなり不安がある。たとえ一つでも、情報を得ておきたい。

「腕は確かだ。その点は保証できる。知ってる人間なら、みんなそう言うさ。他は……そうだな、背の高い男だよ。年は、今年で二十三になるんだったかな」

「え、そんなに若い人なの?」

 年齢を聞いて、リッシェは目を丸くする。

 彼女の頭の中では、魔法使いというものは「おじいさん」の年代の部に入っているから。

 深いしわに、長く白いひげ……昔読んだ絵本の影響だろうか。

「ああ、なかなかいい男だよ。人によっては、ちょっと言い方がきつく感じたりもするようだが、本人に悪気はないんだ」

 それって、ちょっとたちが悪かったりしないかしら。悪気なくひどいことを言うって、性格が……。

 そんなことを考え、リッシェは急いで否定した。

 これから魔法をお願いをしようという相手を悪く思っては、いざ本人を前にした時、知らず顔に出てしまいかねない。

 プラチナブロンドの髪と薄青の瞳をしていると聞き、これでだいたいの姿はわかるはず。

 くれぐれも約束の時間に遅れないようにするんだよ、とウォイブにアドバイスを受け、リッシェは「起きられるかしら」と不安を抱きながら村へ戻った。

☆☆☆

 次の朝……と言うより、まだ日付が変わったばかりの夜中だ。

 リッシェは、もし寝坊したら……と不安で、ちゃんと眠れない。

 家にある小さな古い置き時計を自分の部屋へ持ち込み、少しうとうとしたかと思うとぱっと起き上がる。時計を見ては、まださっき起きて寝直してから十分しか経ってない、という状態が続いた。

 昔から家にあるけど、この時計はちゃんと正確に動いているのかしら……などと思い始めたら、ますます眠れなくなってくる。

 もういいや。眠るの、やめ。

 まだ三時前だが、リッシェはあきらめて起き出した。さっさと服を着替え、出掛ける準備を始める。

 両親には昨夜のうちに「朝早く出掛ける」と言ってあるし(本当にその相手を信用して大丈夫なのか、としきりに心配はしていたが)さっさとダノセスの街へ向かうことにした。

 待ち合わせ場所へ行き、そこでちょっと休めばいい。約束の時間と場所にリッシェがいれば、もし眠り込んでいたとしても「遅れた」のではないから、魔法使いだって文句は言わないはずだ。

 手紙には「起きて待っていろ」という文章はなかったのだから。

「まだ暗いけど、ごめんね」

 乗せてくれる馬に謝っておく。昨日も「明日は朝早いけど、よろしくね」と断っていたが、まだ真夜中と言える時間。馬も迷惑だろうなー、と思いながら街へ向かった。

 四月も半ばだが、まだ夜は冷える。馬を走らせているから、余計だ。冬用のマントを持って来て正解だった。

 魔法使いとの約束の場所へ着いたのは、四時前。待ち合わせの時間まで、一時間も早いし、空もまだ薄暗かった。

 指定されたレンドール書店の前には、大きな文字盤の時計が立てられている。今回の依頼をするために街へ来た時も、目についた時計だ。

 街の中にある時計だからちゃんと管理されているだろうし、まさか何時間も遅れているとか、実は止まっている、なんてことはないだろう。

 これが近くにあれば「今は何時だろう?」と気にする必要はない。この時計の長針があと一回転と少ししたら、魔法使いがここへ現れるはずだ。

 ちょっと冷えるが「遅れる」ことなく着いたので、リッシェは急に気が抜けた。

 同時に、睡魔が襲ってくる。ほとんど寝てないに等しいのだ、眠くもなる。

 時計の支柱に手綱を結び、自分は地面に座って支柱を背にすると、すぐにリッシェは舟を漕ぎ始めた。

「……ろ……おい」

 どこか遠くで、声が聞こえる。同時に、肩を揺さぶられた。その力が強いので、肩と一緒に頭まで揺れる。

「んー、なにぃ?」

 せっかく気持ちよく寝ているのに揺すられ、不機嫌な声が出る。

「起きろっ、リッシェ!」

 名前を呼ばれ、びくっとして目を開ける。

 すぐ目の前にあるのは、白いズボン。なぜこんな物が前にあるのか、と不思議に思いながら視線を上へ移動させ、今度こそしっかり目を覚ましたが……同時に身体は硬直した。

 少し不機嫌そうだがとんでもなく美形の男性が、リッシェの顔を覗き込んでいたのだ。それも、かなりの至近距離。

 その手がリッシェの肩に置かれているから、どうしてもそれなりの距離になってしまうのである。

「コルッグ村のリッシェ、だな?」

 問われて、リッシェは戸惑いながらもうなずく。

「は、はい。……あの、どうしてあたしの名前……」

「待ち合わせ場所にいるからだ」

「まち……あ、魔法使い?」

 すでに相手の手は肩から離れ、リッシェはバネ仕掛けの人形のように立ち上がった。

 背にしていた時計を見上げれば、五時ちょうど。見事に時間通りだ。

「あなたが……ルーランス?」

 かろうじて肩に触れない長さのプラチナブロンドに、薄青の瞳。長身の若い男性。

 昨日、ウォイブに聞いた通りだ。

 どうやればそうなるのか尋ねたいくらい、整った目鼻立ち。整いすぎて、黙って立っていたら人形に見えてしまいそうな気がする。

 人の多い街の中を歩いていても、そう滅多に出逢えないであろう美形にどぎまぎしていたリッシェだが、どこかでこの顔を見たような気がした。

 他人のそら似か……いや、こんなに整った顔があちこちにあるとは思えない。でも、リッシェは彼に初めて会った気がしなかった。

「そうだ。一体、何時に来たんだ? こんな所で眠ってるってことは、かなり早くに来たんだろう」

「えっと……四時前に」

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