第2話 とりあえず、これまでに起きたことを話してみるようです
人々の視線を一身に浴びながら、ジャンヌ・ダルクはプールの監視員に案内され、施設内の小さな事務所へと向かった。水浸しのままでは体も冷えてしまうと、監視員が用意してくれた服に着替えるよう勧められ、彼女は用意されたシンプルなTシャツとジャージに着替えた。見慣れぬ伸縮性のある布地の感触に驚きつつも、乾いた衣服に身を包んだことで、ようやく少し落ち着きを取り戻した。
椅子に座ると、ジャンヌは改めてこれまでの出来事を口にし始めた。その声は震えていたが、言葉には芯のある誠実さが滲んでいた。
「私はジャンヌ・ダルク。神の啓示を受けて戦いに身を投じ、多くの仲間を導いてきました。けれども、ある日突然、神の声が私を否定し……その混乱の中、捕らえられてしまい、処刑される運命にありました。でも……ここは、本当に2024年の日本なのですね?」
話を聞いていた監視員の青年は、目を丸くしながらも、どこか困ったような笑みを浮かべて言った。
「もしそれが本当なら、君は――タイムスリップしたってことになるよ? まぁ、それは置いといて……君、本当に処刑されるようなことしたの?」
その問いに、ジャンヌは顔を紅潮させて、慌てて手を振りながら否定した。
「い、いえ!そんなことはしていません!私は神の意志に従って戦っていただけです。それに……私が男装していたのは、戦場では女性というだけで命が脅かされるからで……男の人が怖くて、その……身を守るためだったのです……」
その言葉に、監視員の表情が少し柔らかくなった。戦争の話は突飛で信じがたいが、理不尽な理由で処刑されそうになったことには心が痛んだようだった。
「それは……なんというか、酷い話だね。昔のフランス人は、正気じゃなかったんだな。」
ぽつりと呟いたその言葉に、ジャンヌは少し間を置いてから、微かに笑みを浮かべながら答えた。
「……私も、昔のフランス人ですよ?」
しまった、という顔をした監視員は気まずそうに頭をかきながら、苦笑いを浮かべた。
「そうだったね、ごめんごめん。でも安心して。2024年の日本では、男装したって、どんな格好をしたって処刑されるなんてこと、絶対にないから。」
その言葉に、ジャンヌの肩の力がふっと抜けた。恐れと不安に満ちていた心に、ほんの少しの温もりが差し込んだようだった。
「ありがとうございます。でも……私はこれから、どうすればいいのでしょうか?」
真剣な瞳で尋ねる彼女に、監視員は腕を組みながら少し考え込んだ。そして、落ち着いた声で提案した。
「まずは、君が安全な場所にいるって証明しないとね。警察に行って、事情を説明してみよう。嘘のような話かもしれないけど、ちゃんと話せば分かってくれるはずだよ。」
そうして、ジャンヌは現代の世界での第一歩を踏み出す決意を固めた。監視員に付き添われ、二人は警察署へと向かった。途中の道すがら、ジャンヌの目には、まるで魔法のように感じられる現代の風景が次々と飛び込んできた。
高くそびえるビル群、目にも止まらぬ速さで行き交う車、指先で何かを操作している人々が持つ「スマートフォン」という機械。どれもが彼女の常識を超えており、ただただ驚きに満ちていた。
やがて警察署に到着し、ジャンヌは丁寧にこれまでの経緯を説明した。その話は信じがたい内容ではあったが、彼女の話しぶりは真摯で、取り乱すこともなかった。警察官たちは懐疑的ながらも、真剣に耳を傾け、身元確認のための手続きを進めた。
日が暮れるころ、ジャンヌ・ダルクという名がニュースで報じられ始めた。現代に現れた“歴史上の人物”という奇怪な話題に、世間の関心が一気に高まっていく。専門家や歴史学者たちも調査に乗り出し、やがてジャンヌが語る内容と記録の一致点が次々に見つかり始める。
ジャンヌは、自分の存在に疑問を抱かれながらも、それに負けることなく、この時代での新たな使命を模索していた。かつて神の導きのもとに戦った彼女は、今度は技術と自由の時代に生きる人々と共に、新しい意味での「戦い」へと歩み始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます