ジャンヌ・ダルクは剣を捨てたようです
飯田沢うま男
第1話 聖女はどうやらタイムスリップしたようです
15世紀、フランス。戦火に包まれた大地に、ひときわ高らかな声が響き渡る。
「皆!私に続け!神は我らを見守ってくれている!」
その声の主、ジャンヌ・ダルクは、泥と血にまみれた戦場を駆け抜けていた。手にした剣は小柄な彼女にはやや大きく、それでも決して手放すことはなかった。鎧の隙間から滲む汗が、彼女の決意とともにきらめいていた。
敵の軍勢はまさに圧倒的だったが、ジャンヌは怯まず、神の導きのもとに戦っていた。彼女の瞳はまっすぐ前だけを見据え、仲間たちを鼓舞する存在となっていた。
しかし、激戦の中、不意に──
「愚かなる娘よ。血に塗れ、穢れた者に救世など出来ぬ。」
天から降り注ぐような、低く重い声が彼女の耳を貫いた。神の声だった。信じていたものに否定された瞬間、ジャンヌの心は大きく揺らいだ。
「な……なぜ……!私はあなたの啓示に従っていただけ……!」
一瞬の動揺。その隙を敵は見逃さなかった。剣を弾かれ、馬から引きずり下ろされるジャンヌ。そのまま捕らえられ、彼女の戦いは終わりを告げた。
それからの日々は、怒涛のように過ぎていった。尋問、侮蔑、理解のない裁き。学のなかった彼女には、何が正しく、何が間違っているのかも分からないまま、処刑の日が決まった。
「私は……間違っていたの……?」
縛められた足音が石畳に響く。処刑台へと向かう道すがら、ジャンヌの瞳には、これまでの戦いと祈り、そして人々の顔がよぎっていた。涙が頬を伝い、地に落ちたその瞬間──
ぐらり、と大地が揺れた。
足元にぽっかりと、黒々とした穴が開いたかと思うと、彼女の身体はそこへと吸い込まれていった。
「これは……天罰……?」
奈落へと落ちていく感覚の中、ジャンヌは目を閉じた。もう何も考えたくなかった。全てを終わらせたかった。しかし──
「きゃああああああ!」
突如、激しい水の流れに呑まれた。目を開けると、筒状の空間を猛スピードで流されている。水しぶきが顔を叩き、視界は揺れ続けた。そして──
バシャーンッ!
空と水が交差するような光の中、ジャンヌの身体は水面に弾け飛んだ。咳き込みながら顔を上げた彼女が見たのは、なんとも奇妙な光景だった。
青く透き通る水、浮かぶビーチボール、陽気な音楽。そして、水着姿で笑い合う人々。
「ここは……地獄……?いや、天国……?」
混乱する思考の中、ジャンヌはプールサイドに立ち尽くした。周囲の人々も、突如現れた異様な格好の少女に目を丸くしていた。
「あのー……大丈夫ですか?」
一人の若い女性が、タオルを持って近づいてきた。ジャンヌはしばらく言葉が出なかったが、震える声で名乗った。
「私は……ジャンヌ・ダルク。ここは……どこですか……?」
その名に反応し、周囲はざわめいた。「ジャンヌ・ダルク?」「本物なの?」「映画の宣伝?」誰かがスマートフォンを取り出し、写真を撮ろうとしている。
そんな騒ぎの中、ジャンヌはようやく理解した。ここは、彼女の時代ではない。見たこともない技術と、自由な装いに満ちた、まるで異国の世界。
「神が私をここに導いたのなら、きっと意味があるはず……」
ジャンヌはそう呟き、自らを奮い立たせた。過去を捨てるわけではない。この新たな時代で、彼女に課せられた新たな使命があるに違いない。
「皆さん、私は助けを必要としています。この時代で私が何をすべきかを教えてください。」
その真剣な瞳に、現代人たちは一瞬戸惑いながらも、次第に頷き始めた。誰もが冗談ではないと気づいたのだ。
こうして、ジャンヌ・ダルクは時を超え、再び「戦う」ことを選んだ。
信じるもののために。導かれた世界で、新たな光となるために──
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