第8話 シャルクスとクリス

薄っすらと目を開けると、視界いっぱいに広がる白い天井。シャルクスは自分が意識を取り戻したことを認識し、ゆっくりと上半身を起こす。


どうやら簡易ベッドに寝かされていたらしい。だが、ここがどこなのか、なぜ自分がこんな場所にいるのか、全く記憶がない。


シャルクス:(……俺は、何をしていた?)


断片的な記憶が脳裏をかすめる。


メディルという謎めいた女と出会い、共にアーポット亭に潜入し、地下への隠された入り口を見つけ出した──そこまでは覚えている。


しかし、それ以降の記憶は、まるで濃い霧の中に閉ざされたかのように曖昧模糊としていた。


全身に痛みはない。傷一つ見当たらない。それなのに、着ている服のあちこちが焼け焦げている。いったい何が起こったというのか。


そのとき、隣の部屋から軽快な足音が響いた。


クリス:「お、目が覚めたようだね。シャルクス。」


音もなく扉が開き、そこに立っていたのは、クリスだった。軽く笑みを浮かべながら、部屋に入ってくる。


その顔を見た瞬間、シャルクスは思わず顔を顰める。


シャルクス:「お前……」


記憶の奥底に沈んだ、遠い日の残像を必死に手繰り寄せる。もやのかかった意識の中で、何かが蠢き始めていた。


クリス:「まだ、あの魔女の洗脳が解けてないのかい?」


クリスは皮肉めいた口調で言い放ち、楽しげに目を細めた。その笑み――どこか懐かしい。胸の奥がざわつく。


シャルクス:「…………クリス、か」


掠れた声で、シャルクスは呟く。


クリス:「そうだよ」


クリスは細められた瞳で、静かにシャルクスを見つめ返した。その眼差しは、子供のの頃のものと何一つ変わっていなかった。


シャルクス:「驚いたな。王子のお前が、こんなとこで、なに油売ってるんだ。」


シャルクスも遠慮のない親しげな物言いは、昔と何も変わっていない。クリスは肩をすくめて微笑んだ。


クリス:「社会勉強ってやつだよ。今はここで働いてるんだ。」


シャルクス:「そうか。王になるのも楽じゃねぇな。」


二人は短く笑い合う。だが、シャルクスの表情はすぐに曇った。


シャルクス:「……俺は、何をしてたんだ。」


クリスは少しだけ目を伏せてから答えた。


クリス:「君は、あの魔女に洗脳されて……僕と戦わされたんだ。」


シャルクス:「魔女……あの女、魔族だったのか。」


メディルの顔が脳裏に浮かぶ。あの柔らかな微笑み、優しげな声――すべてが偽りだったのか。最初から、彼女の術中に落ちていたのかもしれない。


クリス:「ところで、君は地下室にあった黄金を取りに来たんだよね。」


クリスは、落ち込んだ様子のシャルクスを気遣うように、話題を変えた。


シャルクス:「……黄金。」


その言葉に、シャルクスの瞳が揺れる。ぼんやりしていた頭の中に、地下室の記憶がじわじわと戻ってくる。


シャルクス:「……ああ、そうだった。でも、なんでお前が、それを……?」


声に戸惑いが混じる。シャルクスは、クリスの目を見つめながら問いかけた。


クリス:「レックスさんから出がけに聞いてたんだよ。」


クリスの言葉に、シャルクスは小さく首を傾げた。


シャルクス:「レックスさん?」


クリス:「レックス・アーポット。ここのオーナーだよ。」


シャルクス:「アーポット……か。俺はクリストファー・アーポットから、ここに黄金があるって聞いて来たんだ。」


その名を口にした瞬間、クリスの表情がわずかに和らいだ。


クリス:「クリストファーさんに会ったのか。レックスさんは彼の弟だよ。多分、黄金のことも知ってるはずだよ。」


その言葉に、シャルクスはようやく胸のつかえが下りたように、ほっと息をついた。


シャルクス:「よかった……ここに来たら、変な女しかいなかったからな。まともな話が通じる人がいて助かったよ。」


クリス:「だから、昼間、リーアさんたちと鬼ごっこしてたのか。まあ、君らしいけどね。」


クリスは肩をすくめながら、くすりと笑った。


シャルクス:「それで、レックスさんは。」


クリス:「レックスさんは遠出してて、ここにはいないんだ。」


シャルクス:「そうか。」


シャルクスは顔を曇らせ、視線を落とす。


クリス:「でも、他に事情を知ってそうな人を呼んである。一緒に聞こうか。」


クリスの言葉に、シャルクスは静かに頷いた。そして、ベッドから身を起こし、クリスとともに医務室を後にした。
































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