祭りのあと
懲りないことに今日もまたきみは図書室にいる。
昼休みだ。ひとりになりたいきみは強力な結界を張っていた。
きみは本に集中しているふりをする。実際にはふつうに読んでいるのだが。
今日は三島由紀夫『宴のあと』だ。受けとり方はさまざまだろうが、都知事選を裏方として支える女主人公の情熱的な生き方とその夫の計算高い冷静さの対比があって面白いときみは思う。
ここにも冷静と情熱のあいだの攻防があった。そしてそれは現実のプライバシー裁判へと発展する。この小説にはモデルがいたようだ。
この小説がきっかけとなってその後のテレビドラマなどに「この物語は創作である。実在する人物団体とは一切関係がない」の文言をいれるようになったとか。
思った以上に三島由紀夫はモデルをもとに小説を書いているなときみは思う。『青の時代』『金閣寺』。『複雑な彼』は安部譲二がモデルだったかと。
現実の自分の恥部を切り売りするような太宰治の書き方を気に入らないと言っておきながら『仮面の告白』なんてのも書いたなときみは思い出す。
小説の書き方には相反する二つの考え方がある。
実体験に基づき徹底的な写実を通してリアリティを追求する自然主義、リアリズム。
一方、無から物語を作ってこそ作家――とするロマン派。
まあ実際はその両者を兼ね備える作家が多いだろうなときみは思う。
「ニヒリストがここにいた」
今日もまたきみのエリアに忍び込む女生徒がいた。
きみのクラスの学級委員だ。この学園の陽キャ最上級カーストの中でも最も目立つ学園の顔ともいえる女子だった。
「昨日はお疲れ様でした」
「ああ」
きみは愛想がない。
「いつもつれないなあ」
「誰に対しても俺は同じ態度だ」
きみもまた昨日、次期生徒会長の自宅に呼ばれた。生徒会長選挙の祝勝会のようなものだ。
企画したのは生徒会の下級生役員たち。招かれたのは新聞部のパパラッチとか八月の避暑会に呼ばれた学園カースト上位の生徒たち。ボブカットの軽音女子やら身内がいて、その友人枠など多くの生徒たちがいた。
きみも同じマンションのよしみで生まれながらの相方とともに招待されたので参加。
コミュ障のきみはただ疲れただけで帰ってきたのだった。
「結局――彼女が生徒会長で良かったんだよな?」
「もちろん」
「きみが立候補するという話も聞いた気がするが」
「◯◯は敵も多かったからね。だったら私がやってやろうとも思ったんだ。でも彼女の味方も増えたことだし、私の出る幕はないかな」
「そうか」
きみは知っている。彼女が本気で立候補する気でいたことを。
しかし別の候補が立ち、このままでは票が割れてその別候補が生徒会長になる
その別候補は生徒会の現書記で、会長選には敗れたが十月からの次期副会長が約束された。
茶番のようだときみは思う。次期副会長はほんとうに会長になりたくて立候補したのか?
「その目――疑ってるね」彼女が笑う。「たしかに裏で動いたひとはいるよ。いろんな勢力がそれぞれの既得権益をかけて争うわけだから。〇〇の同胞も動いたことだし。でも――まさか死んだふりしていた傍観者の『いざとなったら俺がいる』がこんなところで発動するとはさすがの私も思わなかった」
きみは意味がわからない。
学級委員の彼女はきみのことを過大評価している。何でもわかっている男だと思っているのだ。
きみはコミュ障。入って来る情報はこうしてきみに絡んでくる者か生まれながらの相方からのものに限られる。
そう――きみは情報弱者だ。
「そうそう――宴のあとはどうだったのだ?」
きみは訊く。
「お祭り騒ぎだったわよ。次期生徒会長本人を差し置いて飲み食い。きみの妹もその中心にいたわね」
そうだったときみは思い出す。
「泊まったものもたくさんいたね。双子連れの番長とか……私もだけれど」
きみの相方も昨日は帰ってこなかった。
きみは今朝相方を迎えに行かなければならなかった。相方は雰囲気に酔う。祭りのあとの相方は二日酔いの中年男のようだときみは思っている。
「きみは元気だな」
「私はこれが日常だから」
そう言って女子学級委員は笑顔を残像にして去って行った。
きみはふたたび本を手にとる。
そしてきみは思う。この本を見るたびに昨日今日のことを思い出してしまうな。
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キャスト
きみ
女子学級委員
(※) 『気まぐれの遼』
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