秋分の境い目
きみは借りていた本を返しに図書室に来た。
返却窓口にいたのは高等部一年女子だ。眼鏡に三つ編み。この学園ではとてもよく見る姿だときみも思う。
貫井徳郎『さよならの代わりに』を返却する。
最近きみはタイムリープ、タイムループものにはまっていて、北村薫の『スキップ』『ターン』『リセット』三部作やグリムウッド『リプレイ』、西澤保彦『七回死んだ男』、乾くるみ『リピート』と読んでいる。
やはりミステリーが多いなときみは思う。
『サクラダリセット』みたいな能力があったら良いなときみは妄想することがある。毎日毎日失敗ばかり。後悔してばかり。
たいした失敗ではないからきみはどうにか適応できている。それに――よく考えてみれば何日か前に戻ってやり直すのも結構面倒くさいものだともきみは思う。
「これ――良かったですよね~?」
図書委員の高一女子がきみに笑いかける。
「うん、そうだね」
本の受け渡しだけの関係も悪くないなときみは思う。きみは学級委員で、業務に関する会話は毎日しているが雑談をすることは滅多にない。きみがこの学園のモブであると同時に周囲の生徒たちはきみにとってはNPCだ。高一女子もギルドの受付嬢といったところか。
ここに井戸はない。きみがここに来る前からこの黒髪の女はここにいたのだときみは悟る。
白く細い手が動いた。
「おいで~」きみは呼ばれ、ため息をつく。
白く細い指がきみに向かって伸びる。
きみは引きつけられるしかなかった。
「なんでここにいるのさ?」
きみは黒髪の女に問いかけた。
黒髪の女が顔を上げる。
ところどころはねた髪。半分下がったまぶた。赤くなった額。よだれが乾いた口周り。それだけ悪条件があっても黒髪の女は目の覚めるような美貌だった。
本人はまだしっかり目覚めてはいない。いつもきみの教室で寝ている眠り姫だった。
「久しぶりにプリンセスと
「それは良かったな」
「行きたいか?」
「別に。プリンセス一行に同行するなんて恐れ多いし」
「かつては勇者一行だったじゃないか」
黒髪の眠り姫は不気味に笑った。
「パーティーを離脱したし」
「それは私も同じだ」
こいつもかつては姫とか王女様とか言われた時期があったな――ときみは思い出す。きみたちの厨二病黒歴史だ。
「だんだん日が短くなっていくな」眠り姫は話を変える。「もうすぐ秋分の日だ。それを過ぎると夜の方が長くなってゆく。徐々に――しかし確実に」
何の話が始まる?
「気温は下がり冬もやってくる」
もう年を越しそうだときみは先を読む。
「一方、部屋の中は低くなった日が差し込み暖かささえ感じる」
エアコンが効いているからだろうときみは思う。
「いよいよ冬眠の季節だ」
ふだんから寝てばかりではないかときみは思う。
「冬眠の前に食い溜めをする必要がある」
王女様のくせに言葉遣いがなっていないときみは思う。
「だから甘味処だ。あんみつだ。わらび餅だ」
この学園の女子はほぼ例外なく花より団子だ。
「今の時期から冬に向けて食べるのか?」
「食欲の秋ではないか」
ハッハッハと眠り姫は笑って、ようやく猫背をあらためて胸を張った。
細い手足からは考えられないくらい育った胸と丸い顔。中一の頃キャラがかぶると言われた次期生徒会長とどうしてここまで差がついた?――ときみは思う。
閲覧室の窓から差し込んだ日が眠り姫の顔を照らす。
「お茶会に同行をゆるすと言っておるのだぞ。いかがいたす」
その笑顔はたしかにまぶしい。ちょっと不気味ではあるが。
きみはふと思い出す。渡り廊下、夕日に照らされ笑っていた誰かのことを。――この眠り姫ではないだろうな。
「おまたせ」
プリンセスが現れた。こちらは上品さにかけては眠り姫よりずっと上を行く。
「平民の元勇者を連れて行っても良いか?」
眠り姫がプリンセスに訊く。
「歓迎しますわ」
「いや――ぼくは……」
モブのきみは断りきれない。令嬢たちに連れられ退室する。
彼岸にはふだん起こらないエピソードも起こり得る。
きみは良き日を迎えたか?
************
キャスト
きみ
黒髪の眠り姫
プリンセス
高一図書委員
(※)『あの日、夕日に照らされ笑っていた君は』
https://kakuyomu.jp/works/16818093073160079486
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます